「DAIFUKU NEWS」(ダイフク広報部/発行)
1995年no.147(8月31日)pp.36-37掲載
江下雅之
フランスの秘書業は、もしかすると「肉体労働」かもしれない。大量のコピーをとり、それを製本する。紙を持ち運ぶだけで、かなりの腕力が必要だろう。
フランス人はとにかく製本した文書、それも文字でびっしりと埋まったものが好きだ。図表満載のAVをふんだんに駆使したアメリカ流プレゼンテーションは、まだけっして一般的とはいえない。
最近はさすがにOHP――フランス風にいえば「レトロ・プロジェクタ」――を利用する機会はふえてきた。それでも中身は文章で埋め尽くされており、たいていはそれとおなじ内容の資料が配られている。そしてOHPシートのコピーをとり、製本し、配るのが秘書の役目だ。
たしかにフランスの商業系グランゼコール(ビジネス・スクールに相当)でも、アメリカ風のプレゼンテーション技法を教えている。資料はすべて「Microsoft PowerPoint」のような発表専用のソフトで編集し、発表でも透過式の液晶画面をパソコンにつなげ、スクリーン上にあざやかなグラフィックスと一緒に提示する。
しかし、これもまだ学校の演習でおこなわれている段階である。今日もまた、あちこちのオフィスで大量の文書が生産され、秘書たちが汗だくになって、あちこちに配っているだろう。
学校のテキストだって、秘書の汗の結晶だ。
国立大学は設備が乏しいので、いまだに教授がしゃべることを、学生が必死に聞き取ってノートにとるという古典的スタイルが中心だ。しかし、予算の潤沢な専門高等学校では、教授は黒板のかわりにOHPを使い、その内容をあらかじめ学生に配っておく。これがテキストのかわりだ。
秘書は教授から資料をフロッピーで受け取る。細かな点をチェックしてから、OHPシートとコピーの原本をプリンタに出力する。そして人数分のコピーをとり、簡易製本をしてから、学生の私書箱に一冊ずつ配っていくのだ。電子メールが普及していれば、すべて信号だけでやりとりできるはずであるが。
10年前に日本でオフィス・オートメーションがブームになったころ、「ペーパーレス」がさかんに騒がれたものだ。たしかにそれを推進するはずの道具――パソコンやワープロ、電子ファイルは普及した。が、それでもかえってオフィス用上質紙の需要が増すという事態が生じた。
もっとも、電子メールが徐々に普及するにつれて、日本でもメモや資料のやりとりは、電子的におこなわれる例が増えてきた。出版関係者のあいだでも、原稿を持参やファックスではなく、電子メールでやりとりする場合がある。
この分野でもっとも進んでいる国はアメリカだ。一般にこういう分野で日本は「欧米」に遅れているといわれる。「欧米」というのは、「遅れ」を指摘する議論の枕詞のようであるが、実際のところ、「欧」と「米」とでかなり状況は違う。コミュニケーション・ネットワークなどは、あきらかに日本のほうが「欧」よりも進んでいる部分が多いのだ。
ただし、こと会計処理に関しては、ヨーロッパ諸国のほうが合理化されているといっていいだろう。これは間接税の仕組みの違いに原因があるように思われる。
フランスの場合、世界に先駆けて付加価値税という税制を導入した。日本の消費税とおなじく、あらゆる財・サービスの商行為に一定税率を課すものだ。
ところが、フランスをはじめEU諸国は、請求書方式を採用している。納付する税額計算を、個々の請求書ごとにおこなわなければならないのだ。これが台帳のなかで、仕入れと売り上げの総額から計算する日本の台帳方式との、おおきな相違点となっている。
なにを売買するにしても、請求書が必要だ。中小企業でもきちんとした請求書を作成しなければならないため、いやでも会計のコンピュータ化が迫られた。
ちなみに電化製品やパソコンなどを買ったとき、日本でおなじみのメーカー保証書が付属していない場合がおおい。購入した店の発行する請求書が、そのまま保証書として利用できるからだ。
管理職の秘書は、パソコンで文書を作るが、ネットワークが未発達なので、最後はどうしても力仕事になる。会計ではほとんどの処理が電子化され、支払いでもクレジットPOSが進んでいる。腕力がなくても困らないことだけは間違いないだろう。