「情報農道」は強し
――フランスで成功したビデオテックス網ミニテル

「月刊The BASIC」(技術評論社/発行)1997年3月号pp.20-24掲載
江下雅之

「キャプテン」という通信サービスをご存じでしょうか? これは一般にビデオテックスと呼ばれる通信システムで、1983年にはCCITT(現在のITU)により国際標準方式の一つに採用されました。開発したのは日本の電電公社(当時)で、NTTの子会社が商用サービスを現在でも行っています。
 このキャプテン、いわゆる「ニューメディア」の代表として、10年前には、現在のインターネットのような注目をされていました。世界各国もビデオテックスの開発にしのぎを削り、キャプテン以外にもアメリカ、カナダが提唱したNAPLPS方式、EC(当時)が提唱したCEPT方式が国際標準方式として採用されました。
 今回ご紹介するミニテル(Minitel)は、世界で唯一成功したビデオテックス網です。

※【図版:http://www.minitel.fr/ の接続画面】

無料端末の貸し出し ―フランス政府の「賭」―

 ビデオテックスは文字と図形を伝達・表示するための通信規格です。国際標準となった三方式の違いは、図形の表現方法といっていいでしょう。キャプテンは図形をドット単位で表現させました。パソコンでいえばペイント画像です。NAPLPS方式はドロー画像といえます。CEPT方式はモザイクを組み合わせたもので、きわめて解像度が低いペイント画像といえます。
 CEPTは他の2方式より技術的に劣るとみなされていましたが、ミニテルはこの方式です。ミニテルが普及したのは技術的な優位さではなく、フランス政府の「賭」が成功したといっていいでしょう。
 フランスは二つの大胆な政策を推し進めました。
 まず第一に、テレテルの簡易端末ミニテル(Minitel1)を無料で貸し出したのです。日本でキャプテンサービスが始まったころ、メーカー各社から発売された端末は20万円もしました。これに比べれば、たとえ簡易端末とはいっても、無料で貸し出したことがいかに大胆なことかがおわかりになるでしょう。しかも当時のビデオテックスは「絵が出る」ことが売り物だったのに、当初のMinitel1端末はテキストしか表示できなかったのです。
 第二が電子電話帳の推進です。フランスで電気通信事業をおこなっていたPTT(当時、現在はフランステレコム)は、ミニテルを利用した番号検索サービスを開始しました。そして回線契約者が電話帳とミニテル端末のどちらかを選択するようにし、電話帳の印刷コストを節約したのです。

無料サービスにロクなものなし ―普及を加速させた有料サービス―

 パソコン通信でおなじみの小説家・漫画家のすがやみつるさんは、キャプテンが家庭に普及しなかった理由として、「タダの情報にろくなものはない」という指摘をされています。たしかに出版社は本や雑誌でもうかるからこそ、手間のかかった誌面づくりができるのです。企業がタダで出せる情報は、CMや広報ぐらいでしょう。
 キャプテンは情報提供者からも掲載料を取り、利用者からも接続料金を取ろうとしました。こういう図式、たしかに「ぴあ」のような情報誌では成り立っています。しかし端末だけで20万円もするキャプテンでは、ちょっと無理がありました。
 フランステレコムは有料サービスを奨励しました。ミニテル利用者は電話料金よりも多少高い接続料金を負担する。請求は電話代と一緒に来ますので、利用者にしてもきわめて簡単な決済方法なわけです。
 情報提供者はフランステレコムを通じて確実に使用料を徴収できます。このような方式は、日本ではダイヤルQ2で実現されました。こうすることでサービスがどれだけ充実するかが想像できると思います。

端末があればすぐに接続できる ―電話加入者は誰でも利用可能―

 現在、テレテルの利用者はフランス国内だけで700万世帯おります。
 フランス国内でテレテルを利用するのは簡単です。すでに電話回線を契約していれば、あとはフランステレコムの最寄りの営業所に行って、ミニテル端末のレンタルか購入を申し込むだけです。回線は電話回線を使いますので、端末さえあればあとの設備は不要です。その端末さえもパソコンとモデム(V.23対応)で代用可能です。ミニテルの料金は電話代と一緒にフランステレコムから請求されます。
 端末はレンタル契約をすれば、すぐに倉庫から持ってきてくれます。一般的なMinitel2端末は、9インチのモノクロモニターに引き出し式のキーボードが付属したもので、モデムも内蔵されています。家に持って帰ったらコンセントを電源に、通信ケーブルを電話線の端子に差し込みだけです。
 Minitel2のレンタル料金は一ヶ月20フラン(約450円)です。無料端末もまだありますが、機能が大幅に限定されています。96年にはカードリーダー付きの高級機種が登場し、オンライン・ショッピングはその場でカード決済ができるようになりました。

日本からミニテルを利用する ―ゲートウェイからインターネット―

 日本では89年5月に接続サービスが始まりました。最初は三井情報開発がゲートウェイをおこなっておりましたが、96年よりインターネット接続に一本化されております。
 インターネット経由で利用する方法は次のとおりです。 (1) ミニテルのエミュレーションソフトを入手する。 (2) 申込料金、前払い金をフランステレコムに支払い、IDとパスワードを発行してもらう。 (3) エミュレーションソフトを利用し接続する。
 くわしい情報はホームページ http://www.minitel.fr/ に掲載されています。ここからはエミュレーションソフト(Windows版、Mac版、Unix版)を無料でダウンロードできるほか、日本からの申し込み方法、サービスの概要などが解説されています。
 96年1月現在で、申込料金は2,500円、前払い金は11,000円です。これを指定口座に振り込んでから、所定の申請フォームに必要事項を記入し、フランステレコムジャパンに郵送します。
 ミニテルの使用料は前払い金から差し引かれます。残高が160フラン(約3,300円)を下回った時点で、画面に「Soon out of credit」と表示されます。継続して利用したいときは、11,000円を改めて振り込むようにします。

簡単なキー操作で即接続 ―マニュアルなしでも簡単―

 ミニテルの操作は簡単です。まずはスイッチを入れる。これで電話の受話器を持ち上げた状況になります。
 続いてキーボードからサービス番号を入力する。電話番号検索は「11」ですが、多くの有料サービスは「3615」か「3616」です。手帳のダイヤリー欄には緊急連絡先に続いてテレテルのおもなサービス番号が「MINITELS UTILES」といったページに列記されています。たとえばエールフランスのサービスは「3615 + AF」と掲載されています。ここを利用したければ、まずは「3615」と入力するわけです。
 番号を入れるとモデムの反応音が返ってきます。これはインターネットやパソコン通信などとおなじです。ミニテルを使っているときは、続いて「CONNECTION」というキーを押すだけで接続が完了します。
 回線がつながったら、今度はアクセスキーを入力します。エールフランスの例でいえば「AF」です。こうした情報は手帳や「ミニテル電話帳(Page Grise:グレーページ)」で調べてもいいのですが、ホームページのURLとおなじく、あちこちの雑誌に各社のミニテルサービス番号が掲載されています。たとえばフランスで売っているコカコーラの缶には「3615 COCA」などと刷られています。まったくわからないようなときでも、かなりの確率で会社の略号が使われています。たとえばフランス国鉄なら「SNCF」です。
 キーを入力すると、各社のサービスページに入ります。利用料金は番号検索のような公共サービスを除き、だいたい1分あたり2.19フラン(約50円)というところが多いようです。アダルト系サービスや商用データベースはもっと高めです。
 回線の切断も、キーボードにある「FIN」というキーを押すだけです。スイッチを切ってキーボードをしまえばすべての作業は完了です。

便利な情報サービス ―ショッピングは外国人にも重宝―

 テレテルで一番便利なのは、鉄道関係の情報サービスとオンライン・ショッピングでしょう。
 フランス国鉄やパリ交通事業団は年がら年中ストをおこなっています。こうした情報はラジオでも報道しますが、ミニテルで調べるのがいちばん確実なのです。こちらなら聴き間違えたり聴き逃すことがありません。
 郊外に出かけるときも、「3515 SNCF」で簡単に時刻表を調べられます。新幹線(TGV)や特急の予約もできます。発券自体は窓口まで行かなくてはなりませんが、一刻でも早く席を確保したいときには便利です。
 フランスは通信販売が盛んです。パソコンなども量販店で買うよりも通販の方が安いことが少なくありません。大規模な通販業者は一度利用すれば定期的にカタログを送ってきます。ほしい商品があれば、ミニテルで申し込めるようになっています。我が家では通販追手業者の一つLa Redouteをよく利用しますが、「3615 LAREDOUTE」に接続したあとは、メニュー画面に従って必要事項をキーボードから入力するだけです。支払いはクレジットカード番号を入力するのでもいいし、料金引き替えも指定できます。

アダルト系コンテンツ ―自由の国フランスでも監査あり―

 オンラインによる情報サービスの普及では、アダルト系コンテンツの果たす役割が小さくありません。インターネットでもアダルト系、風俗系のホームページは大人気です。
 ミニテルでもさまざまなアダルト系サービスがあります。ポルノ画像に対するコードはフランスの方が「寛大」なので、日本なら取り締まりの対象になるような画像も入手できます。もっとも、キオスクでポルノ雑誌を買った方がよほど経済的ではありますが。
 ミニテルは決してどんなサービスでも提供できるわけではありません。フランス郵政省、電話契約者の代表、情報提供者代表などで形成される委員会が、新規サービスについて審査し、不適当と判断されたものは情報サービスができない仕組みになっています。しかし、審査段階では「おとなしい」計画書を出し、サービス開始後に「いかがわしい」サービスをおこなう業者が皆無ではありません。
 委員会は進行中のサービスで不適切と判断できるものがあれば、フランステレコムに対しサービスの停止を勧告できます。2万以上もの情報提供者がいるなかで完全な監査は不可能ですが、フランスは父母団体など市民のチェックが厳しく、そうしたところからの告発という形で不法なサービスの差し止めがおこなわれています。
 また、CompuServeなど一部のパソコン通信が採用しているペアレントプロテクト機能、つまり、子ども利用を制限するような設定ができます。そして使用料が月額1万5千フラン(約33万円)を越えた時点で、フランステレコムから確認の電話が入るようになっており、不注意または不法行為による被害をある程度防止できるようになっています。

そしてインターネットとの共存へ ―「情報農道」の拡張―

 700万世帯で利用されている状況は、単独のネットワークとしては世界最大級です。ビデオテックスは蓄積した情報を提供する通信網ですが、利用者が多いといろいろな機能が発展します。電子メール、ファックス出力、さらにはオンラインチャットのようなサービスを提供するサーバーもあります。95年の実績によれば、サービス利用量の約20パーセントが電話番号の検索となっています。
 日米のインターネットのホームページやパソコン通信でおこなわれていることは、かなりの程度、ミニテルでも実現されています。もちろん最新のマルチメディア系サービスは技術的に無理ですが。
 こうした結果、ミニテルがインターネットやパソコン通信の一般家庭への普及を阻害している側面があります。実際問題としてミニテルのデータ送信速度75bpsという規格は、メニューから項目を選択することが前提になっているため、電子メールのような大量のテキストを送信する用途には適していません。また、Minitel2端末はフロッピードライブがオプションなので、オンライン状態で読み書することになり、接続料金が気になります。
 しかし、多くの業者はインターネットへの完全切り替えに躊躇しています。普及率がミニテルほど高くない、セキュリティの問題があるといった理由からです。最近はインターネットの普及ぶりがめざましいので、ホームページを作る業者も増えていますが、当分はミニテルと平行して行う方針の業者がほとんどです。利用者の立場からしても、ボタン操作と簡単なキー入力だけで目指すサービスに接続できるミニテルは、インターネットの利用よりもはるかに楽です。
 フランステレコムは96年5月から「Wanadoo」というインターネットサービスを開始しました。これは一種のプロバイダ事業で、WWW、電子メールなどすべてのインターネットサービスが利用できるほか、2万以上の情報提供者を擁するミニテルのサービスも利用可能です。ネットワークへの回線使用料金は全国均一で、ネットワーク接続料金も日本のプロバイダに比べて割安です。
 かつてアメリカのニューズウィーク誌は、テレテルのことを「情報農道」といってからかいました。ISDNの64kbpsという通信速度に比べれば、テレテルの受信4800bps、送信75bpsという速度は、まさにスーパーハイウェイに対する農道のようなものでしょう。しかし、この「農道」も確実に拡幅しているのです。


【図版:インターネット経由の接続画面】

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内容目次

■業界無常識論
  1. 無責任なオーディエンス
  2. 先進スペックよりも10万円パソコン
  3. ネットワーク時代は「監視」社会か?
  4. 敵の敵は「味方」かそれとも「大敵」か?
  5. DVDが売れないと思った理由
  6. コンテンツのお値段
■フランスのパソコン事情
  1. フランス語の文字入力
  2. 「情報農道」は強し
    ――フランスで成功したビデオテックス網ミニテル
  3. フランスのインターネット

パソコン倶楽部

月刊誌、技術評論社/発行、1992年創刊
一般個人向けのパソコン雑誌だが、その後リニューアルされた。
技術的な解説よりもむしろ、パソコンやネットワークを生活や仕事に活用するノウハウ記事、先駆的な利用者のインタビューなどの読み物が充実していた。

The BASIC

月刊誌、技術評論社/発行、1983年創刊
パソコン雑誌のなかでは古株の一つだが、惜しまれつつ休刊となった。
誌名よりも「ざべ」の略称で親しまれていた。パソコンがまだ一部の人の趣味的な世界のことに創刊された雑誌で、「bit」や「日経バイト」とは違った意味でパソコン誌を代表する雑誌であった。


関連リンク