研究成果経過報告
 新古書店研究
 はじめに
 第1章 古書流通の〈ニューウェイブ〉
  1. 新旧の古本屋
  2. マルチメディア・リサイクル店
  3. 郊外を拠点に広がる大規模古書店
  4. インターネットに広がる書店と古書店
 第2章 新古書店が標的にする市場
  1. 新古書店の覇権争い
  2. マンガ古書市場と新古書店(未完)
  3. 拡大するコンテンツ・リサイクル
    • 新古書店で売れる本・売れない本
    • 拡大する中古CDおよびゲーム市場
 第3章 新古書ビジネスの実像と将来
  1. 新古書店が投げかけた波紋(未完)
  2. 迎え撃つ新刊書店と古書店(未完)
  3. 過大評価されがちな新古書ビジネス(未完)
 第4章 新古書ビジネスの実像と将来
  1. 出版流通が抱える矛盾点
  2. 錯綜する競合関係と出版ビジネスの将来像


更新履歴

■2006年 4月2日
 新古書店研究を掲載しました。
■2006年 4月2日
 Laboページを制作しました。

共同研究の申し出歓迎

共同研究の申し入れ、単行本化のリクエストは常時歓迎いたしますので、public@fbook.com宛にご連絡ください。あるいは、TOPページに掲載しました連絡先宛にご連絡いただくのでも結構です。

第1章 古書流通の〈ニューウェイブ〉の登場

1998-2001ごろ執筆(未完成・未発表)
江下雅之

2 マルチメディア・リサイクル店

チェーン展開するMRS

 これまでの古書店は、ほとんどが零細規模の独立した商店である。親子何代にわたって経営している専門店も少なくない。ところが、リサイクル店にはたいてい系列の店があり、フランチャイズ・チェーン方式で全国にグループ店を増やしている大資本もある。
 品揃えにしても、リサイクル店では音楽CD、ゲームソフト、レーザーディスク、ビデオなどの中古も取り扱っているのが普通だ。その意味で、こうした種類の店を「マルチメディア・リサイクル・ショップ(MRS)」と呼ぶこともある。
 MRSが注目されるようになったのは、ブックオフ・コーポレーションが積極的なフランチャイズ加盟店の拡大路線を進めた結果といっていい。リサイクル事業そのものが社会的にも注目されるようになったなか、短期間のあいだに全国のほぼあらゆる都道府県に加盟店を展開している。もちろん業界では最大手だ。
 ブックオフを追いかけているのが、テイツー、フォー・ユー、GEOの三系列である。これら大手四系列は、拠点といっていい地域が互いに離れているため、当初はある程度の棲み分けが見られていた。しかし、拡大路線が進められていくうちに、郊外型の大規模店舗をもまじえ、かなり激しい競合が繰り広げられるようになった。とりわけ東京都八王子市から神奈川県相模原市にかけての地域と、三重県の国道二三号線沿線、そして岡山県の岡山市・倉敷市が激戦地になっている。大阪や京都でも、市街地からややはずれた地域にMRSが続々と進出している。
 このような競合のあおりを受けているのは、同業者たる古書店ではなく、むしろ新刊書店の方なのだ。独自の客層や市場を持つ古書店と比べ、価格で勝負できない分、客を取られやすくなってしまう。
 もともと書店は零細規模のところが多く、扱う商品も雑誌や文庫本・新書ノベルスの新刊、コミック本などが中心だが、雑誌類ではコンビニに客を取られ、文庫本やコミックなどでもMRSとの競合にされされている。むろん、大規模な書店とて影響は皆無ではない。だからこそ、古書流通の「新しい波」は古書というせまい業界にとどまらず、出版ビジネス全体を揺さぶることになるのである。この点については、あとの章であらためて書くことにする。

MRSの店舗

 すでに簡単にふれたが、MRSの店舗は「古本屋」のイメージとはずいぶんと違った雰囲気がある。まず第一に、本棚の背が低い店が多い。老舗の専門店でも街の小さな古本屋でも、たいていは百八十センチの高さのスチール製本棚に棚板を五、六枚入れ、隙間なく本を詰め込んでいる。しかも天板の上にまで、ビニールで梱包した本を天上すれすれまで積み上げている。
 その点、MRSの多くの店舗は、壁際をのぞけばせいぜいが目の高さ程度の本棚を用い、その上に本を積み重ねることはしない。本棚と天井との間に空間が広がっているため、店に入ったときの圧迫感が少ないし、照明も行き渡っている。
 店の広さは立地条件によって違うが、地方にある広い店舗なら延べ二百坪前後もある。ブックオフ系列が標準店舗としている広さは、郊外タイプが売り場面積百坪(プラス駐車場二十台分以上)、乗降客数三万人以上の駅前タイプが売り場面積五十坪となっている。それこそ四畳半スペースに本をすし詰めにするところもある従来の古書店に比べれば、MRSは比較的広い店舗が多い。
 第二に、店の外装が古本屋らしくない。
 町中で見かける古書店の多くは、普通の一軒家にあるか、小さな雑居ビルの一フロアを占めるだけだ。京都にある何代も続いた老舗古書店なら、いかにも古めかしい造りの店構えをしているが、そういう例を除けば、特別目だった外観をしているわけでもなければ、遠くからでもわかるような特徴があるわけでもない。
 ところがMRSは、独立した平屋か二階建ての建物ということが多い。都市部ではマンションか雑居ビルの一階にあるものの、外側は原色系の目立つ色で塗装されている。当然ながら、おなじ系列に属する店はおなじような外観だ。
 郊外や街道沿いにある店舗なら、専用駐車場が併設されているところが少なくない。駐輪場は、たいてい確保されている。のぼりや電光の看板が軒先に置かれ、車で訪れる人の目印にもなっている。こうした雰囲気は、古本屋というよりも家電量販店に似ている。

老舗古書店の店員とMRSの店員

 専門古書店の店主や若旦那、ベテラン店員は、扱う本に関する知識は深いし、日頃から勉強熱心である。そうでないと、口うるさい常連客を満足させられないし、価格の設定ができない。定価販売の新刊書と違い、古書は市場価値で値を決めなくてはならないが、その市場価値は、刊行の時期、本の状態、希少性、マニア間の流行など、いろいろな要素が複雑に絡み合ったうえで決定する。しかも、古書の世界では消費者は同時に仕入先でもある。当然ながら買取価格と販売価格とは連動しているため、古書店経営では相場に敏感であらざるをえないのだ。
 街の小さな古本屋でも、黙って座っていれば経営できるわけではない。持ち込まれた本を買い取るときは査定しなくてはいけないし、時には組合の交換会で仕入れたり、あるいは本を持ち込むこともある。相場を把握していなければ、儲かる商売などできない。小さな古本屋とはいっても、本が好きというだけで気軽におこなえる商売では決してない。
 それに対し、MRSは古書の玄人とはいえない人が経営し、店員もパートやバイトが多い。本については店の在庫状況を把握しているぐらいで、その本が古書市場でどういう位置づけにあるのか、マニアがどういう点をチェックするかといったことには、あまり精通していないのが普通だ。
 逆にいえば、古書店経営を難しいものにしているマニア的な部分を排除し、買い取りや価格設定などをマニュアル化したからこそ、積極的な拡大路線を実現できたのである。これは格式あるレストランとファミリーレストランの関係に近い。ファミリーレストランを経営するのに、料理のプロである必要はない。店員もプロのギャルソンである必要はない。経営者はマーケティング情報と本部のマニュアルを基準にすればいいし、店員の方も接客マニュアルに沿った対応をすればいいわけだ。
 古書ファンにしてみたら、なじみの店の店主やベテラン店員と交わすマニアックな雑談もまた、古本屋巡りのおおきな楽しみの一つである。何度も通って顔見知りになると、本の取り置きを気軽に引き受けてくれるし、入荷したての本を安く売ってくれるなど、いろいろな便宜を図ってくれることもある。
 私は大阪のとある古書店の若い店主と懇意にしている。好きなジャンルが共通していたので、初めて利用したときから意気投合したのだが、ある日、私が何年も探していた本を、みずからもコレクターであるその店主は、わざわざ自分のコレクションの一冊と交換に、別のコレクターから入手してくれた。こうしたことは、古書店とのつきあいがそれなりに長い人なら、多かれ少なかれ経験していることだろう。
 それに比べると、MRSの客と店との関係はドライだ。店が冷淡な対応をするわけではないが、経営者も店員もべつだんコレクターではない(ことが多い)。客と個人的に接する機会がレジでの会計以外にはほとんどない。そもそもコンビニ感覚でMRSを利用する客の方が、個人的な接触を嫌がっているようにも感じることがある。どちらがいいかといった問題ではないが、MRSの方が、大量販売に徹した姿勢であるということは言えそうだ。

割り切った買い取り制度

 ブックオフをはじめとするMRSでは、本の状態を基準にした買い取りおよび販売をおこなっている。なんの加工もせず、すぐに販売できるような新刊同然の本なら定価の二〜三割、ワックスがけやグラインド(ヤスリがけ)などの手入れが必要なものは一割、ボロボロのものはゼロ査定で廃棄処分にする、といった基準をもとにマニュアル化している。
 専門古書店の値札には、「背ヤブレ極少 表紙痛ミアリ 中ワレ補修済ミ」などと書き込まれているものがある。内容は本の状態を示しており、それぞれの要素が値段にも影響してくるわけだ。初版なのか増刷なのか、復刻版が出ているのかいないのか、帯や口絵がついているか等々、古書の価格決定要因は多いうえに気まぐれな面もある。マニア的価値のある古本の値決めは、店とマニアとの間でおこなわれるゲームといっていい。
 MRSはそうした側面を大幅に簡素化した。簡素化によって、プレミアで儲けることはできなくなったが、そのかわりに、相場を把握できる店員を養成する手間を省けるようになったのである。もちろん、マニュアルがあるからといって、誰でもすぐに買取査定ができるようになるわけではない。ある程度の年季は必要だが、本の状態だけで値を決めていると考えていい。専門古書店の精度とは比較にならない。
 コレクターの間には、「掘り出し物は住宅地の新しい古書店が狙い目」という話がある。そういう店は、代々古書店を営んでいる人ではなく、脱サラした本好きの人が経営していることが多いのだが、本が好きというだけでは、古書相場を十分には把握できない。これは脱サラ経営者に古書店を経営する能力がないということなのではなく、古書の値決めとは、それだけ難しいことなのである。専門店の目録を参考にしようにも、そこからこぼれた本になると、つい値決めが甘くなってしまう。結果、マニア間で通用する市場価格よりも安く買える本が、相対的に多くなるわけだ。
 たとえばマンガ古本でいえば、手塚治虫や藤子不二雄の古い本なら、たいていの古書店は、これらが高値で売買されていることを知っている。業界を引っ張る専門店の付けた相場があり、それは専門店の目録を見ればわかる。しかし、ごく一部のマニアに人気のある本となると、値がつくということ自体に気づかないのである。古い少女コミックが典型で、絶版マンガ専門店なら一冊三千円ぐらいの値が付く本が、地方の住宅地にある古書店では百円で買えるといったことが――そう頻繁ではないとはいえ――起きている。
 逆に、プレミアが付くことは知っていても、ひときわ人気の高い商品があることに気づかないケースもある。たとえば若木書房の新書判コミックスは、少女マンガのファンに人気のある作品が多く、一冊千円以上の値がつくものもめずらしくはない。なかには三百円程度が「相場」のものもあるが、一万円前後のものもある。プレミアが付くとはいっても、かなり幅があるのだ。こういう事情をきちんと把握しておかないと、一律千円程度の値を付けてしまい、高値の付いたクズ本をいつまでも棚に残してしまう一方、本当なら高く売れる本では儲けられない事態になってしまうのだ。
 MRSは最初から本の状態中心の査定をしているため、こういう事態がやはり発生する。相場よりも安値で買っては専門店に高く売る人を、古本の世界では「セドリ屋」(*)と呼ぶが、MRSはセドリ屋の標的になっている。もちろん、マニア人気の高いものは流通量が圧倒的に少ないので、MRSといえども頻繁に持ち込まれるわけではない。また、古いマンガは一般に状態が悪いため、廃棄されるものが多い。行けばかならず相場はずれの本があるわけではない。あくまでも「相対的に多い」ということだが、それでも小銭を稼げるぐらいの掘り出し物はいくらでもある。
 MRS側の方でも、細かく査定すれば高い値で売れる本があることは十分に承知している。それでもなお、きちんと査定できる店員を育てるのがたいへんなため、あえてプレミアを廃する方向で商売をおこなっているのである。
 マニア側から見ると、こういう事態はじつはかなり哀しいことでもあるのだ。相場はずれの買い物ができることは、たしかにオトクな話ではある。しかし、状態が悪いがために廃棄されている本のなかに、「お宝」が含まれているかもしれない。古本に高値が付き、それを多くの古書店が認識するというのは、掘り出し物を見つけづらくする面はあるが、数多くの本が市場に残るという利点もあるのだ。
 とはいえ、九〇年代にマンガ古本ブームが広がるにつれ、MRS側でも「色気」が出てきたのか、プレミアの定番的な本にはプレミアを付ける店舗も出てきた。おなじ系列店でも方針はマチマチだが、専門店ならプレミア付きで売買されている古いサンコミックスに、他の本よりも多少高い値を付ける店がブックオフ系列にもある。


(*)一般に「セドリ」は「背取り」と書くといわれる。本の「背」を見て棚から「取る」ということなのだろうが、「競取り」が正解とする意見もある(広辞苑はこちらの意味を優先させている)。

年商二百億以上の巨大チェーン ブックオフ

 これまでに何度も名前は登場しているが、MRSの代名詞的存在といっていいチェーンが「ブックオフコーポレーション(BOOKOFF)」である。第一号店の開店は九〇年五月のことだが、翌年には早くも株式会社化し、九一年十一月に加盟店第一号がオープンしている。九四年一二月には百店舗を越えた。
 本部は神奈川県相模原市にあり、直営店は同市や近隣の座間市・海老名市、東京都町田市および八王子市に多数立地し、フランチャイズ加盟店はほぼ全国に分布している。九八年五月には最初の海外店舗がハワイに開店した。直営店・フランチャイズ店をあわせ、二〇〇〇年五月には五百店舗に達し、日本中のあちこちで、紺色と黄色の看板が目印のブックオフにお目にかかれる。
 ブックオフの経営拡大は店舗の増加だけでなく、取扱商品を広げることでも発揮されている。まず、九六年十二月には中古の家電製品を販売する「ハードオフ(hard off)」の加盟店第一号がオープンし、九九年五月には中古子供用品店「ビーキッズ(B-KIDS)」が誕生した。こうした業容拡大は二〇〇〇年に入ってから拡大し、同年一月には中古スポーツ用品「ビースポーツ(B-SPORTS)」、四月には中古婦人服「ビースタイル(B-STYLE)」と中古貴金属「オフアンドオフ(OFF&OFF)」が、そして十二月には中古音楽・映像ソフト「シーディオフ(CD OFF)」と中古ゴルフ用品「ゴルフドゥ(GOLF DO)」の加盟店第一号がオープンしている。
 こうした状況が示すように、ブックオフという企業はリサイクル市場全体を守備範囲にしている。積極的な店舗展開を続けている一方で、既存店の統廃合や転換も進められている。私はブックオフのお膝元の近くに住んでいるが、ときどき利用していたブックオフのある店舗が別の店舗に統合され、元の店はビースポーツ店になった、ということがあった。元の店自体が、その四年前に別の場所から移転してきたのだ。こうした素早い行動の背後には、ブックオフという企業が決して本に執着しているのではないことが透けて見える。
 ブックオフ本体の活動ぶりは、すでにマスコミを通じて広く伝えられている。ブックオフ自身、拡大戦略のなかで広報活動を積極的にすすめていた。取扱品の中心は、古本、CD、ビデオだが、古本でも稀覯本はほとんど扱わず、中心はコミックス、若者向けの文庫本、大手出版社の新書ノベルス、アイドル写真集である。これらは刊行後まだ間もない本が多いため、新刊書店とまともに競合している。価格は当然ながらブックオフの方が安く、しかも本の状態は比較的良好のものが多いため、ブックオフの進出は周辺の新刊書店を警戒させる。
 消費者の側から見ると、ブックオフは百円本の宝庫である。「標準」価格は、コミックや文庫本、新書ノベルスなどが定価の半額だが、ここは一定期間を過ぎても売れない本はどんどん安売りコーナーに移動させるため、実質的にはかなりの本が百円で買えてしまう。逆に、おなじ本でも百円コーナーと正規の棚の両方にある場合があるので、とにかく安く買いたいと思う人は百円コーナーをじっくりとチェックすることだ。
 街の小さな古書店でも、軒先に安売りワゴンを置いている店は多い。一冊百円どころか、三冊まとめて五十円という値を付けるところもある。しかし、安売りワゴンの本は日焼けをしていたり、カバーが破けているなど、本の状態がかなり悪い。その点、ブックオフの百円コーナーは美本が少なくないので、消費者のオトク感は大きい。
 ブックオフの存在を知った消費者は、長編のシリーズもののコミックや文庫本をまとめて買いたいとき、まずはブックオフで古い巻を買いそろえ、古書としての流通量が少ない最新の巻だけを新刊書店で買い求めるというパターンになりがちだ。既刊十巻のコミック本なら、第七巻ぐらいまでは、ほぼ確実にブックオフで手に入る。新刊なら一冊三百九十円の新書判コミックスも、ブックオフの安売りコーナーを探せば一冊百円で買えるので、十巻を買いそろえるのに二千円足らずですむ計算になる。
 経営面から見たブックオフの特徴は、価格管理と商品管理とを徹底的に簡素化したところにある。その内容はすでに紹介したとおりだが、稀覯本の扱いは専門の古書店にまかせるといった割り切りがあるからこそ、コンビニやファーストフード店のような業務のマニュアル化が実現できたのであるし、全国チェーン展開といったことも可能になったのだ。
 フランチャイズ加盟店への細かな指導を実践している店も、他の業種に見られるフランチャイズ方式とまったくおなじである。加盟店は売上の数パーセントをロイヤリティとして支払うかわりに、研修制度などで加盟店をバックアップする。
 二一世紀に入ってからも、ブックオフの勢いはますます盛んだ。郊外だけではなく、東京の駒沢や神田小川町、京都の三条川端、神奈川県の川崎駅前ビルなど、街中にも進出するようになった。大型の家電量販店や新刊書店が入っていた雑居ビルやマンションの一角が、ある日突然ブックオフに様変わり、という事態も珍しくはなくなった。グループのなかには、新刊書の販売やビデオ、CDレンタルの大手チェーンであるTSUTAYAのフランチャイズ加盟店まである。TSUTAYAの運営母体〈カルチュラル・コンビニエンス・クラブ〉の増田宗昭社長は、ブックオフ・コーポレーションの取締役に名前を連ねている(二〇〇〇年二月時点)。
 ブックオフには景気のいい話がある一方で、統廃合される店や路線転換を余儀なくされる店もあるなど、かならずしもすべてが順調に進んでいるとは言い切れない。しかし、逆風が吹き荒れる新刊書店と比較すれば、その成長ぶりは脅威であり、当分は出版ビジネスの台風の目であり続けることは間違いない。

レンタルビデオからの転身 GEO

 ブックオフは名称からして本を主力商品として扱っている雰囲気が出ているが、CDやビデオ、ゲームなどの比重も決して小さくない。古本を扱うとはいっても、MRSの対象は十代・二十代の消費者向けの本である。そしてこれらの年層は、CDやビデオ、ゲームなどの主要な需要先でもあるのだ。MRSとは、いわばメディアのコンビニと言い換えてもいい。ここに行けば、読み物・観る物・遊ぶ物が買えるのである。
 こうした購買層の特徴から、ビデオのレンタル店や販売店が古コミックなどを扱うようになり、結果としてMRSに転じる例も少なくない。なかでもGEO(ゲオ)は九〇年代末から積極的なチェーン展開を進めた。
 愛知県豊田市にGEOの直営店が開店したのは八六年六月で、その二年後には、早くも株式会社組織にしている。本社は愛知県春日井市に置かれ、直営店・フランチャイズ加盟店の多くは名古屋市に立地しているが、二〇〇〇年末時点で直営店が百九十八店、フランチャイズ加盟店が六十七年にも数えるに至って、関東地方にも目立って増えてきた。二〇〇〇年三月期決算で年商は三百二十四億円にも達しており、MRSの一大勢力となっている。本業はレンタルビデオ事業だが、多くの店舗で古本や中古CDの販売もおこなっており、規模の点からもブックオフのライバルといっていい。
 店の外装は濃紺に塗られ、「GEO」のロゴが遠くからでもよく目立つ。店内の雰囲気はブックオフをはじめとする他のMRSと似ているが、さすがに本業がレンタルビデオ店ということもあって、古本よりもビデオやCDなどのオーディオ・ビジュアル系商品の取扱量の方が潤沢であり、商品の置き場所も「主役」の位置にある。系列店によっては古本を取り扱わないところもある。
 古本の構成は新書判コミックと文庫本が中心だ。それらの構成もブックオフと同様、十代・二十代向けの売れ筋商品が中心になっている。各店舗に置かれている本の絶対数は、全体としてブックオフ系列の店よりも少な目という印象を受けるが、反面、百円本も多く、正規の値の本の価格はむしろ低めで、消費者側のオトク感はこちらの方が上のようだ。もちろん、こうした状況は、競争の過程でいくらでも変化することではあるが。
 主力商品をビデオやCDにしているGEOには、ただでさえ書店から足が遠ざかりがちな若い客がどんどん流れ込んでしまうのだから、新刊書店にとってはやっかいな存在だろう。逆に言えば、GEOの強みは、「ついでに本でも買うか」という客を相手にした商売ができる点にある。
 業容の拡大ぶりはブックオフと共通し、まず一九九九年十一月に子会社ゲオウェブサービスを設立し、インターネットを利用した通信販売に進出した。翌年二月にはゴルフ用品の買取・販売をおこなうフランチャイズ店を経営するゲオスポーツを設立し、ゲオ倶楽部柏店が開店している。翌三月になると、マンガ喫茶、マンガ図書館、ビリヤード店を経営する有限会社ナインナインを設立し、同年八月までに東海地方を中心に十二店舗を経営するに至っている。そして二〇〇〇年十一月にはナスダック・ジャパンに株式を上場するなど、いよいよ巨大グループへと発展する足がかりをつかんでいる。
 GEOほどの規模でないにしても、経営の多角化を模索する店は多い。たとえば高松市に運営会社フォー・ユーがある〈ブックマーケット〉系列のように、ゲームの販売店からMRSに転じた例もある。ここは古本のなかでもコミックを中心にあつかっているが、それは従来からのゲームソフト購買層と重複するからだろう。MRSという業態は、本、ビデオ、CD、ゲームなど、もともと別々だった市場にまたがる競争を招く契機にもなっているのである。

大規模店並の規模を持つMRS 古本市場

 岡山を本拠地とする古本市場{ふるほんいちば}チェーンは、次の項目で述べる郊外型大規模古書店とMRSの中間的な形態である。支店網の積極的な拡大を進めているところや、取扱商品が古本、中古のビデオ・CD・ゲームといった点はMRSといっていい。しかし、郊外に立地し、店舗面積が二百坪前後あり、本の店頭在庫が十万冊以上ある店が多。これはまさしく郊外型の大規模古書店といった形態である。
 古本市場の運営母体は八九年十月に設立され、九〇年四月には株式会社テイツーという会社組織になっている。本社は岡山市にあり、二〇〇〇年二月期決算で売上高は百億円を突破し、店舗数は二〇〇〇年末時点で直営店が五十店舗に達した。おもに岡山および広島県内、大阪府郊外に立地するが、九七年には関東にも進出している。九九年九月には日本証券業協会に株式を店頭登録した。二〇〇〇年八月には電子商取引専用の子会社「ユーブック」を設立し、インターネットで本、家庭用テレビゲーム、CD、ビデオなどの販売や買い取りを進める体制を整えている。
 グループとしての規模はブックオフやGEOよりもひとまわり小さいが、個々の店舗の規模は前述のとおり、一般的なMRSよりも大きい。古本を格納する本棚の背が高いため、通路部はゆったりしているものの、店内の空間はかなり狭く感じる。逆にいえば、それだけ本が数多く置かれているということでもある。本棚の脇には未整理の本が篭に入れられて山積みされている。
 商品構成はコミックが多く、その範囲も売れ筋の新古本にとどまらない。七〇年代末の古マンガが棚に混ざっていることも少なくないし、置かれているジャンルも少年・少女コミックから青年・成人コミックにいたるまで、かなり幅広い。価格は原則的に定価を基準に決められており、三百九十円の新書判で百五十円だが、一部のものには割引価格がある一方で、プレミア価格のついたものもある。
 コミック以外では、文庫本、新書ノベルス、単行本などが置かれているが、若者向けのものを中心に揃えているわけではなく、街の古本屋さん的な構成になっている。
 客層は小学生から三十代・四十代ぐらいまで広がっているが、子どものお目当てはゲームソフトで、家族連れで来た客も、親は古本、子どもはゲームの売場というふうに分かれて買い物をするパターンが多いようだ。広い駐車場を備えた店舗が多いので、車で来店する客も多い。このあたりは郊外型大規模店舗の特徴とおなじだ。
 傘下の店舗数ではブックオフやGEOより一桁少ない古本市場系列だが、九九年十月に、新刊書店やレンタルビデオ店と提携し、全国規模で古本を取り扱う店舗を展開すると発表した。これは直営方式でもフランチャイズ方式でもなく、あくまでも業務提携という形で支援するというものだ。二〇〇五年までには全国で直営店百店舗、提携店四百店舗の合計五百店舗が目標となっており、なおかつ新古書店の当面の競合相手である新刊書店と提携するということから、MRSの第三勢力的な地位を確保する可能性があると見ていいだろう。

大都市圏の中規模チェーン

 事業規模という点では、これまでに紹介したブックオフ、GEO、テイツー(古本市場)が、それぞれ関東、中京、関西を本拠地としつつ、全国展開を繰り広げている。こうした構図は、セブン−イレブンやローソンなどのコンビニエンス・ストアとまったく同様といっていい。そもそもフランチャイズ方式自体が、規模の利点を追求した経営方式なのだから、業態を越えた共通点があっても不思議はない。
 その一方、巨大な消費地である首都圏や京阪神地区には、中小規模のMRS系列店が少なからずある。
 京都を中心にした〈コミックショック!〉系列(CMC)と〈アンコールハウス〉系列は典型といっていい。いずれも全国規模での経営展開をしているわけではないが、県レベルで支店あるいは系列店を増やし、仕入れや販売面での協力態勢を取っている。取扱の主力はブックオフなどと同様、古コミック、ビデオ、CD、ゲームなどだ。
 ただし、CMC系列店のなかには、典型的な「街の小さな古本屋さん」もある。MRSが拡大していく過程では、新規の店舗が誕生するだけではなくて、既存の零細古書店が系列に組み込まれることもあるのだ。こういう現象もまた、零細規模の乾物屋や酒屋の一部がコンビニエンス店に模様替えしていったこととおなじである。
 東京の〈ブックマート〉もまた、全国展開までは繰り広げていないものの、東京二三区内と神奈川県川崎市で八店舗が営業をおこなっている。そのほかにも、都内や横浜市・川崎市内などには、二〜五支店規模のMRSが多数見られる。
 先にあげたMRSの特徴を完全には満たしていなくても、マンガ古本や文庫本・新書、ビデオ、CDなどを主力商品とし、なおかつ積極的に支店を増やしている古書店がいくつかある。東京の〈かんたんむ〉〈ブックパワーRB〉〈山遊堂〉、横浜の〈先生堂〉などは典型だ。また、既存の古書店がMRS化するだけでなく、ビデオ店が中古ビデオ販売に加えて古コミックも扱う例もある。MRSは複数の業界が激突する販売形態なのである。
 しかし、こうした中規模チェーンにも、淘汰の流れは容赦なく襲いかかっている。たとえば私は以前、八王子方面の「買い出し」をおこなうときは、博蝶堂というチェーンの系列店を何店か巡回していた。この系列の特徴は、状態の悪い本を「一袋百円」で安売りしていたことだった。古書店には特売用の安売りワゴンを置いてある店も少なくないが、博蝶堂堀之内店はその規模が書棚八本分もあった。棚のわきにはポリ袋がぶらさげられ、何冊だろうと一袋に入れば百円で買えたのだ。
 九六年に初めて訪れたときは、一袋に新書判のコミックや小説が十冊、それに加えて文庫本が二冊入った。ところが九八年ごろには袋が一回り小さくなり、目一杯詰めて新書判が八冊入るのみだった。とはいっても、一冊あたり十円少々の値で買えるわけで、いくら状態が悪いとはいっても、オトク感は大きかった。なかにはプレミア対象となる本も少なからず混じっていたので、私は密かに切り札的な店にしていたのである。
 ところが、この系列店は九九年に姿を消してしまった。ひさびさに堀之内店に買い出しに行ったところが、そこにはジーンズショップがあった。他の系列店にも行ってみたが、いずれも別の店が入っていた。あとで詳しく述べるが、八王子の堀之内近辺は全国有数の新古書店激戦地なので、おそらくは競争から脱落してしまったのだろう。


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古書店メモリー(3)

ブックオフの「やまびこ」とかいわれる「いらっしゃいませ」コール、あれだけは即刻やめてほしいと思った。うるさいのなんのって。音量に耐えられないのではない。リズムに欠けた惰性の「いらっしゃいませ」コールが繰り返される行動に、薄ら寒さを感じてしまうのだ。まるで新興宗教みたいである。
さいわい、店舗によってはやらなところがあるので、利用するときはなるべく「やまびこ」レスのところを選ぶようにしている。

関連リンク