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別冊宝島494 お宝コミック・ランキング(宝島社/発行)
2000年3月25日発行 pp18-21掲載
江下雅之
マンガの歴史を考えるとき、我々はなんとなく手塚治虫以降、より細かく言えば、昭和二二年の『新宝島』の刊行以降に絞ってしまうことがある。もちろん、戦前にもマンガはあったし、『新宝島』が開拓したとされるストーリーマンガについても、すでに戦前から萌芽があったと指摘する評論家もいる。
ここではマンガ史を細かく追いかける余裕はないので、ごく簡単に紹介してしまうが、戦前の昭和期に人気のあった漫画の代表としては、田河水泡の『のらくろ二等兵』(昭和六年から同一六年まで少年倶楽部誌に連載)、島田啓三の『冒険ダン吉』(昭和九年から少年倶楽部誌に連載)、坂本牙城の『タンク・タンクロー』(昭和九年から幼年倶楽部誌に連載)などがある。昭和十年代に講談社から単行本化されたこれらの作品は、現在では数万円から十数万円の値が付いているものの、現存する数はきわめて少ないという。
島田啓三は戦後も老大家として活躍している。代表作『冒険ダン吉』は戦後も刊行されたほか、『カリ公の冒険』のようなヒット作も生まれた。また、島田をはじめとする児童漫画家たちは、昭和二三年ごろに東京児童漫画会をつくり、今日の児童マンガの源泉を成した。
東京児童漫画会の一員に、福井英一がいた。福井は昭和二七年には「冒険王」で『イガグリくん』の連載を始めた。また、二九年には「少年画報」にて『赤胴鈴之助』の連載を開始したが、同年六月に福井は急逝し、『イガグリくん』は清水春雄・有川旭一に、『赤胴鈴之助』は武内つなよしに引き継がれた。
すでに紹介したとおり、お宝コミックの頂点には、つねに手塚治虫と藤子不二雄の作品が位置している。この二大巨匠に共通することは、昭和二〇年代後半から三〇年代初頭の第一次まんがブームから第一線の場で活躍し、昭和四〇年代以降の新書判コミックの隆盛期に至るまで、つねにトップの人気を保ち続けた点だ。むろん、多少の紆余曲折はあるにしても、特定の世代にのみ受け入れられたのではなく、数十年間にわたり、その時代時代の子どもたちの人気を勝ち得てきた。
人気が特定の世代に依存すると、その世代の成長(すなわち高齢化)とともに、その作家も「過去の人」となってしまう。武内つなよしや杉浦茂、堀江卓といった作家たちが、いかに当時の子どもたちを熱狂させようと、これらの作家の作品は「当時の子どもたち」の記憶の中にのみとどまるにすぎない。その点、常に子どもから人気があった手塚・藤子の二人は、あらゆる世代に記憶されているのだ。
第一次まんがブームを演出したのは、休刊されていた雑誌の復刊と月刊誌の創刊ラッシュであった。昭和二一年に「少年」、同二四年に「少年少女冒険王」「おもしろブック」、二五年には「漫画王」が創刊されている。これらの雑誌媒体で活動できた作家が当時の第一級であり、その代表が手塚治虫と藤子不二雄だったのである。この時代の月刊誌付録マンガでも、手塚・藤子は別格の存在だ。
昭和二六年には、「少年」に「鉄腕アトム」が登場し、爆発的な人気を得るようになった。この鉄腕アトム、その後もたびたび雑誌や付録などに登場するが、いまだに全編を完全に網羅した単行本化がなされていない。
●横山光輝
デビュー単行本は昭和三〇年に丸山東光堂から刊行された『白ゆり行進曲』で、横山が二一歳のときの作品だ。ここ十数年ほどの横山光輝は、『史記』や『三国志』など、中国の古代史を題材にしたマンガを中心に描いている。
昭和三〇年代・四〇年代は、忍者ものを中心とした時代マンガ、娯楽色の強いヒーローマンガ、そして少女マンガなど、ほぼあらゆるジャンルを手がける万能プレイヤーであった。現在の三〇代以上の世代には、『鉄人28号』『伊賀の影丸』『仮面の忍者赤影』といった作品が馴染み深い。それ以前に世代であれば、『レッドマスク』など月刊誌付録マンガが懐かしいところだ。
●石森章太郎
藤子不二雄と比べても遜色のない人気・実績がありながら、古書市場での初期単行本や付録マンガの評価は一歩も二歩も譲っている。もちろん、『水色のリボン』のようは超レアものは例外だが。
昭和三〇年代から四〇年代初頭にかけては、『大あばれとんま天狗』や『黒帯先生』などの作品があるが、いずれもテレビで放映されたものだ。大ヒット作『サイボーグ009』は冒険王で昭和四〇年代初頭に連載が始まっている。
古書店目録でも単行本が載ることは少なく、『テレビ小僧』を見かけるぐらいだ。新書判、とくにサンコミックスであれば、高値の本はいくらでもあるが、こちらは昭和四〇年代半ば以降に刊行されたものが中心だ。
●松本あきら(松本零士)
松本零士ファンは三世代に分かれている。少年マガジン時代の松本が最初という層(現在の四〇歳前後の世代)であれば、四畳半ものの印象が強い。その後の大ヒット作『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』は、なんとなく違和感を抱くところだ。逆に、若い松本ファンならSFファンタジーこそ松本マンガというイメージだが、じつは最も古いファン層もまた、メカ心あふれる描写が松本零士の持ち味で、四畳半ものこそ違和感を抱く作品といったところだ。
昭和三〇年代、四畳半ものを扱うはるか以前に描かれた『ララみー牧場』などの作品にも、ピストルの描写などにメカへのこだわりが感じ取れる。
●ちばてつや
昭和三一年に一七歳で単行本デビュー(『復讐のせむし男』)した後は、少女雑誌に活動の場を移行し、少女マンガを多数手がけている。ちばといえば、少年マガジンの看板作家というイメージが強いが、初期作品に関していえば、むしろ少女漫画家といった方が近い。『リナ』『ユカをよぶ海』などの作品が出ており、『ユカをよぶ海』は後に何度も新書判で出るほどのヒット作となった。
●楳図かずお
デビュー作『森の兄妹』は、楳図が一四歳のときに描いたものだ。そこで考案した描画テクニックは、手塚治虫に大きな衝撃を与えたという。岬一郎シリーズのような少年探偵ものも描いてはいるが、楳図といえばやはり怪奇マンガ。昭和三〇年代には少女向け貸本誌で、四〇年代には少女フレンドなどで活躍した。
●赤塚不二夫
昭和三一年に『嵐をこえて』(曙出版)で単行本デビューをはたした。初期の作品ジャンルからすれば、少女漫画家といってもおかしくないのだが、ギャグをふんだんに入れた作風は、当時から片鱗が見られた。
昭和三〇年代後半から四〇年代にかけては、赤塚の大ヒット作『おそ松くん』や『ひみつのアッコちゃん』が単行本や雑誌連載、付録マンガで登場するようになる。
●その他には
野球マンガの大御所・水島新司は、元々は貸本誌『影』で有名な日の丸文庫の社員で、漫画家デビュー後は探偵マンガなども描いていた。『くれない探偵』はデビューから二年後の作品だ。
最後にもう一人、昭和四〇年代に『巨人の星』をはじめヒット作を連発した川崎のぼるを挙げておきた。いまや新書判のお宝ブランドである虫コミックスのなかでも、『いなかっぺ大将』は最も売れた作品のひとつといわれる。この作品とレスリングを扱った『アニマル1』とは、一九六四年の第一四回小学館漫画賞の対象作品になった。そして七八年には『フットボール鷹』で第二回講談社漫画賞を受賞している。
どうしても新書判が中心となってしまうが、それでも『月影秘帳』のようなハードカバー単行本も出ている。
不定期、宝島社/発行
雑誌「宝島」の別冊という体裁を取ってはいるが、実際にはまったく別個に制作されている。テーマは多岐にわたり、シリーズ化されているものもある。
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宝島社 2000年3月25日 840円 4色カラーの豊富な図版で多数の稀覯本を紹介しています。 |
「冒険ダン吉象群珍活躍」 島田啓三 昭和24年、みどり書房 |
「進め三太馬車」 福井英一 少年画報昭和28年11月号付録、少年画報社 |
「イガグリくん」 有川旭一 昭和31年、秋田書店 |
「レッドマスク」 横山光輝 昭和34年5月10日、中村書店 |
「テレビ小僧」 石森章太郎 昭和38年6月1日、青林堂 |
「ララミー牧場」 松本あきら 日の丸昭和36年9月号付録、集英社 |
「ユカをよぶ海」(6) ちばてつや 昭和38年12月10日、曙出版 |
「おそ松くん」(1) 赤塚不二夫 昭和38年8月15日、青林堂 |