コレクション初心者の入り口
ビンテージ・コミックス

別冊宝島494 お宝コミック・ランキング(宝島社/発行)
2000年3月25日発行 pp.30-31掲載
江下雅之

最初からいきなり何万円もの単行本や付録マンガを買おうとする人は少ない。マンガ古書の世界でも、やはり初心者向けとでもいえそうなコースがあるのだ。いわゆるビンテージ・コミックスは、この世界に足を踏み込んだ人が、最初につかまる分野である。

七〇年代新書判コミックスの魅力

 年代ものの上質ワインを「ビンテージ(vintage)」と呼ぶが、マンガ古書でも、ビンテージ・コミックスとくくられるジャンルがある。もともとはマンガ専門古書店まんだらけが用いた表現だといわれるが、それに該当するのは、六〇年代・七〇年代に刊行された新書判コミックスである。「二〇年もの」か、それよりも古いコミックということだ。
 七〇年代はマンガの黄金時代だといわれる(たとえば別冊宝島『70年代マンガ大百科』)。マンガの刊行部数こそ、九〇年代のヒット作に比べて一桁少ないが、それでも『あしたのジョー』のように、連載された当時の若者世代の「共通語」となり、その後も何年にわたって増刷され、あるいは復刻が繰り返された名作が多々あった。
 もちろん、昔のマンガがすべてに勝っていたなどと言えば、懐古主義以外のなにものでもない。絵の表現にしてもストーリー展開にしても、現代のマンガの方が洗練されている部分も多い。マンガ表現にも進歩は間違いなくある。
 とはいえ、今日のマンガの隆盛をもたらしたのは新書判コミックであり、それがまとまったシリーズとして誕生したのが一九六六年のこと。ビンテージ・コミックスとは、一つの文化が拡大する時期の熱気を伝える作品であり、モノなのだと言ってもいいだろう。

ビンテージの価格帯

 新書判コミックの古書価格には段階がある。どんなものでも最初は安売りの対象で、通常は一〇〇〜二〇〇円だ。いまでこそブランドとなっている虫コミックスも、虫プロ商事が倒産した頃は、一束いくらで叩き売りされていた時期もある。
 安売りの段階が過ぎ、多少の希少価値が認められるようになると、状態が悪くなければ三〇〇円という値になる。これがビンテージ価格のスタートラインだ。そして希少度を増すにしたがって、五〇〇円、八〇〇円、一〇〇〇円、それ以上という具合に値を上げていく。七〇年代前半に刊行されたビンテージ・コミックスであれば、状態が並上で初版または初版に近い再版なら、だいたい一冊あたり五〇〇〜八〇〇円はするものだ。もちろん、数が少ないものはもっと高いし、初版は古くても最近になって再版されたものは、捨て値で売られている。
 千円を越えるようなものになると、一般の古書店では取扱量がめっきりと減り、専門店や絶版漫画に力を入れている店でないと、なかなか入手できなくなる。さらに二千円を越えるようなものになると、店頭には少なく、専門店の目録でないと購入できないケースが多くなる。

初心者でもほしくなるビンテージ・コミックス

 では、実際にビンテージ・コミックではどういうものに人気があるのか。ここではどの古書店の店頭でも比較的よく見かけ、けっして一部の蒐集家だけが探し求めているわけではない作品をいくつか取り上げてみたい。
 まず、七〇年代初頭のジャンプ・コミックスで全十巻以上のシリーズものの人気が高い。この当時の少年ジャンプは、新興雑誌からトップをうかがった時期で、懐漫ファンにとって、断片的にしか覚えていないストーリーをきっちり読み通してみたいという欲求にかられる作品が多い。池沢さとしの『サーキットの狼』、とりいかずよしの『トイレット博士』、吉沢やすみの『ど根性ガエル』などは、どれも二〇巻を越える長さで、全巻揃いとなると決して安くはないが、市場では人気が高い。
 巻数の長さでいえば、少年マガジンで連載された『釣りキチ三平』など別巻も含めれば六七巻にもなるが、全巻揃いは店頭でも古書市でもよく見かける商品となっており、人気も安定しているようだ。
 七〇年前後は少年マガジンの黄金時代でもあった。梶原一騎原作の『巨人の星』『あしたのジョー』(後者は高森朝雄名義)の二大ヒット作は、流通量といい衰えぬ人気といい、ビンテージ棚の目玉商品であり続けている。石森章太郎のSF長編『リュウの道』もファンが多い作品だ。
 ライバル誌の少年サンデーにも、懐漫ファン推奨銘柄的な作品がいくつもある。楳図かずおの『漂流教室』、さいとう・たかをの『サバイバル』は、連載中の人気も現在の人気も高く、ビンテージのヒット商品となっている。貝塚ひろしの『柔道讃歌』もまた人気作品だったが、若木書房でのみ単行本化されたために流通量が少なく、その分、希少価値が高くなっている。
 マガジン・サンデーの両方でおなじみの赤塚不二夫のギャグ漫画は、おなじ版元からも単行本化されているものもあるが、この人の作品に関しては、曙出版がまとめて刊行している。『おそ松くん』『天才バカボン』『もーれつア太郎』『レッツラゴン』などは、どれも今ではビンテージ扱いだ。フジオプロに所属していた古谷三敏の『ダメおやじ』もまた、掲載誌の版元・小学館よりも、曙出版から出たシリーズの方が流通量は多い。
 七〇年代という時代は、老舗・少年画報社の少年キングが健在だった。マガジン・サンデーに比べると地味な存在ではあったが、荘司としおの『サイクル野郎』『夕焼け番長』はビンテージの定番商品だ。アニメで人気のあった『銀河鉄道999』は、そもそもマンガが連載されていたことを知らなかったファンが多かったため、今でも人気のある商品の一つになっている。


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別冊宝島494
お宝コミック・ランキング
宝島社
2000年3月25日
840円
4色カラーの豊富な図版で多数の稀覯本を紹介しています。

図 版

「サーキットの狼」全27巻
池沢さとし
集英社JC
「トイレット博士」全32巻
とりいかずよし
集英社JC
「ど根性ガエル」全27巻
吉沢やすみ
集英社JC
「釣りキチ三平」全62巻+別2
矢口高雄
講談社KC
「巨人の星」全20巻
川崎のぼる・梶原一騎
講談社KC
「あしたのジョー」全20巻
ちばてつや・高森朝雄
講談社KC
「漂流教室」全11巻
楳図かずお
小学館SSC
「サバイバル」全22巻
さいとう・たかを
小学館SSC

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