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別冊宝島494 お宝コミック・ランキング(宝島社/発行)
2000年3月25日発行 pp.22-24掲載
江下雅之
昭和三一年四月に八興(日の丸文庫)から月刊形式の短編集『影』が発行されたのに続き、セントラル出版社からも『街』が創刊された。いまの時代では、「マンガを借りて読む」場所といえばマンガ喫茶だが、昭和三〇年代・四〇年代には、「貸本屋」と呼ばれる有料の私設図書館が町々にあった。そこに置いてあった本の中心は、昭和二〇年代の赤本ブームで台頭した関西系の小規模出版社が刊行した単行本である。
単行本とはいっても、シリーズ形式で刊行されるものが多かったため、それら貸本屋向け単行本は「貸本誌」と呼ばれている。『影』『街』はその代表で、後に「劇画」と呼ばれるジャンルをうち立てた作家たち――辰巳ヨシヒロ、さいとう・たかを、佐藤まさあきなど――が主な執筆陣となっていた。影丸譲也、水島新司、園田光慶(ありかわ栄一)、高橋真琴など後の人気作家たちも、日の丸文庫の貸本誌に描いていた漫画家である。
劇画という名称は、デフォルメや笑いの少ない自分たちのマンガを区別するため、辰巳ヨシヒロがつくりだしたものである。『影』『街』の創刊メンバーは昭和三四年に「劇画工房」を組織し、トキワ荘グループの「子ども向けストーリーマンガ」に対し、青年のためのマンガをつくりだしていった。
この組織は後に分裂し、いくつかのプロダクションが誕生することとなった。さいとう・たかをは昭和三七年にさいとうプロを主宰し、『ゴリラマガジン』を発行する。翌三八年には佐藤まさあきが佐藤プロをおこし、『劇画マガジン』を始めた。辰巳ヨシヒロ率いる第一プロダクションも同年に『青春』を創刊している。
東京では三洋社、兎月書房といった出版社が『黒い影』『摩天楼』などの貸本向け単行本を刊行していた。紙芝居史から登場した白土三平をはじめ、平田弘史、小島剛夕、つげ義春、滝田ゆうといった作家が描いていた。昭和三〇年代半ばには、大阪に住んでいた劇画工房系の作家たちが続々と東京に移動し、東西の作家の交流が始まった。昭和三〇年代後半には短編誌ブームが下火になり、かわって白土・平田らによる長編マンガが人気を集めるようになった。
平田弘史の壮絶な表現は、三島由紀夫をはじめ多くの支持者を得たが、表現が残酷すぎるという非難もたびたびあがった。『血だるま剣士』は平田の代表作の一つに数えられるが、この作品はまた、差別表現として糾弾を受け、全国貸本店からの回収・消却処分を受けるに至った。
三洋社の社長・長井勝一は青林堂を設立し、昭和三九年には雑誌『ガロ』を創刊した。三洋社で長編『忍者武芸帳』を刊行していた白土三平は、ここで大作『カムイ伝』の連載を開始した。兎月書房で「妖奇伝シリーズ」「少年戦記シリーズ」を出していた水木しげるもまた、ここで執筆するようになる。また、つげ義春はガロ誌上で幻想的な実験作を次々と発表するようになった。
大阪の小出版社から始まった劇画のムーブメントは、昭和三〇年代という期間のなかで、マンガ界の巨大な潮流になっていったのである。青年層を読者に想定したマンガは成功をおさめ、マンガ表現全体の流行にも影響を及ぼしはじめた。昭和三〇年ごろは、手塚治虫風の丸い線がマンガ描線のスタンダードで、さいとう・たかをにしても白土三平にしても、デビュー単行本当時は、版元からの要請で丸い線による描写を求められたという。しかし、その後劇画が隆盛するや、今度は手塚治虫の方が、劇画調の表現を模索するという逆転現象が生じたのだ。
今日、昭和三〇年代の貸本誌の一部や、貸本誌で台頭した作家の初期作品が高値で売買されている。その最大の理由は、貸本という媒体が昭和三〇年当時は月刊誌よりも「格下」と見なされ、作品に対する評価も一段下に見なされていたことである。
昭和四〇年代に入ってテレビ・アニメが人気を集めるようになると、雑誌媒体の一線級の作家たちがアニメ制作で忙殺されるようになり、貸本系の作家が雑誌にも盛んに登場するようになった。これを契機にブレークしたのが水木しげるだといわれる。
きっかけをもたらした作品は『墓場の鬼太郎(ゲゲゲの鬼太郎)』だが、そのルーツである『妖奇伝』は、貸本のなかでも人気のない部類に含まれていた。ところが水木しげるの人気が爆発するや、ファンは初期作品を探し求め、貸本時代の作品が一気に評価されるに至ったのである。
ある作家の人気が高まると、初期作品にはおのずとプレミアが付くようになる。劇画のジャンルでは、「貸本だから」というだけの理由で不当に評価されていた作品が、こうした契機で一気に評価され、「お宝コミック」と化したものが少なくないのだ。
別冊宝島494 お宝コミック・ランキング | |
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宝島社 2000年3月25日 840円 4色カラーの豊富な図版で多数の稀覯本を紹介しています。 |
「影」 日の丸文庫 大阪の零細出版社が出した貸本誌。別冊で長編が掲載されることもあった |
「街」 セントラル出版 「影」と並ぶ代表的な貸本誌。執筆陣は「影」とほぼおなじ。 |
「ゴリラマガジン」別冊 さいとうプロ こちらも別冊で長編を掲載していたという |
「魔象 巌流島昭和秘聞」 日の丸文庫 平田弘史の時代マンガは人気があったらしい |
「血だるま剣法」 平田弘史 昭和37年7月 日の丸文庫 |
「印度洋作戦」 水木しげる 兎月書房 |