「France News Digest」(France News Digest/発行)
江下雅之
携帯電話の普及で日米や北欧よりも遅れていたフランスだが、最近は一気に身近な存在となってきた。カフェのなかでも携帯電話で話をしている勤め人や学生が目につく。SFRが毎月送ってくる会報によれば、九八年六月末時点で普及率は一三・二%。これは日本の二年前の水準だが、フランスでは九七年末時点では一〇%弱だから、最近の急激な利用者増が数字の上からも実感できる。
携帯「先進国」日本では、身近な存在になってから、携帯電話の迷惑ぶりがクローズアップされた。最近は電車のなかでは「携帯電話はご遠慮下さい」と繰り返しアナウンスされるし、入り口に「携帯電話お断り」の札をぶらさげる喫茶店も多くなった。
フランスでもそういう状態になるのだろうか? いや、ならないように思う。縦列駐車でびっしり埋まる道路を見ると、そう考えざるをえない。
そもそも携帯電話を持つということは、いつでもどこからでも通話できる利便性を買うことである。電車やバス、カフェのなかで利用できなくしたら、携帯電話の存在価値を否定することになってしまう。自動車もおなじことで、これは自分の好きなところに移動する手段として所有されるものなのだから、自由に駐車できる場所がなければ意味がない。迷惑駐車という発想そのものが、自動車の存在価値を否定することなのである。
もちろんフランス人のなかにも、携帯電話での会話を迷惑に感じる人はいるだろうし、誰もが鬱陶しく感じる通話風景もあるだろう。しかしそういうとき、彼らは問題をマナーという社会規範レベルに持ち込むのではなく、あくまでも個人の立場から相手にクレームをつけるのではないだろうか。騒音に関するメンタリティは社会によって異なるかもしれないが、それ以前に、所有という行為に対する合理性、迷惑と感じるときの反応という点で、彼我の違いが現れるように思うのである。
やや古いニュースではあるが、九七年度の日本の実質経済成長率は二十三年振りにマイナスを記録した。第一次オイルショック以来のことである。九八年度の見通しも明るくない。二年続けてマイナスという可能性もある。
もっとも、長年不況にあえいでいたドイツやフランスでは、ゼロ成長が当たり前、マイナス成長も大事件というほどのことではない。それと比較すれば、日本の方は戦後最悪という状況でのマイナスなだけに、それほど深刻になることもない、いいかげんに成長神話から脱したらどうだ、という意見が出てきそうである。しかし、ドイツやフランスなどと比較するなら、日本は成長し続けなければいけないマクロ要因もあるのだ。
ずばり、住宅建設である。フランスに住んでいる人なら、築百年のアパートがごく普通に売買され、賃貸されていることをご存じだろう。「戦後の建築」と言うときも、第二次大戦後ではなく第一次大戦後を指すことが多い。地方に行けば十八世紀のお城がまだ「現役」だ。しかし日本であれば、築四十年のマンションは老朽建築物だし、築百年ともなったら、文化財に指定されるかもしれない。
もちろん気候や習慣の違いはある。日本には地震という要因もあれば、太平洋戦争で街が全壊したところもある。が、それを差し引いたところで、日本では年がら年中建物を造っては壊しという行為が繰り返されていることに変わりはない。そしてその支出が経済活動のなかでけっして小さくない比率を占めている。あるエコノミストの試算によれば、この民間建設投資だけで、日本は独仏と比べて一パーセント以上高い潜在成長性があるとのことだ。しかし、住宅は誰もが必要とするものである。それを建てては壊すことで得られる潜在成長性など、どれほどの意味があるのか。おなじゼロ成長・マイナス成長でも、日本の方が事態は深刻なのである。
■多面鏡
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週刊新聞、France News Digest社/発行、1990年創刊
フランス在住の日本人向けに無料配布されている日本語の週刊新聞である。インターネットがまだ普及していなかった時代、OVNI、Jeudi Paris-Tokyoとともに、在フランスの日本人にとって日本のニュースを知るとともに、ヨーロッパのニュースを日本語で知るための貴重な情報源であった。
ニュース以外には個人情報を掲載する欄があり、帰国売り、アパートのバカンス貸し、ベビー・シッター募集などの情報が載っていた。在仏日本人の生活情報誌でもある。
なお、発行は週刊だが、わたしのコラム連載は隔週であった。