「France News Digest」(France News Digest/発行)
江下雅之
フランスの住宅やカフェのミニュットリといえば、在仏日本人にはおなじみの仕組みだ。階段や廊下の照明のスウィッチはオンのみで、一定時間後になると消えるというこの仕組み、日本の旅行ガイドには、フランス人の倹約精神のあらわれと紹介されることが多い。しかし、本当に倹約精神を持ち合わせている人たちばかりなら、電灯などこまめにつけたり消したりしているだろう。実際のところミニュットリのような仕組みは、むしろ無駄ばかりが多い。現に、都合のいいタイミングで消えることなどまずない。四階、五階まで行くときでも、目指す階に着いてなおしばらくは灯りっぱなしだし、逆に重い荷物を運んでいるときなど、途中でいきなり明りが消え、あらためて灯しなおすハメに陥る。電力消費からも無駄の多い仕組みだし、不便なことも多い。メリットといえば、スウィッチを押す回数が点灯時の一回だけでいいということぐらいだろう。 ミニュットリで電灯がついている時間は、階段をあがるスピードなど、おそらくはある状態を想定した上で決めているのだろうが、問題はその想定に合致しない「例外」がすこぶる多いということだ。こういう例は、実はフランス社会のあちこちに見られる。二年前に鳴り物入りで導入されたSNCFのオンライン予約システム「ガレリオ」も、空席が十分にありながら満席と表示するなど、TGV利用者にはさんざんな不評をかこったうえに、細かな予約項目の変更が面倒だなど、柔軟性のなさが指摘された。実際のところ、個人レベルでは融通きわまりないフランスも、社会的なシステムでは、ずいぶんと硬直化した面がしばしば見かけられる。こういう事態を「官僚的」というが、フランスの役所とかかわり合ったことのある人なら、想定外の状況への冷淡さは実感していることだろう。してみると、ミニュットリとは決してフランス人の倹約精神のたまものではなく、杓子定規精神の展開例といっていい。
一九九九年七の月に空から恐怖の大王が降りてくる、とはノストラダムスの大予言の有名な一節だが、もしかしたらこの「恐怖の大王」ではないかと一部の人たちに指摘されていたのが、燃料にプルトニウムを満載した惑星探査機カッシーニだ。このカッシーニという名称、パリ天文台の初代台長の名前に由来する。カッシーニは生粋のフランス人ではなく、王立天文台を設立したルイ一四世が招聘したジェノバ共和国(当時)の人である。二十五歳でボローニャ大学教授となったこの天才は、フランス移住後も土星の研究で活躍し、フランスを代表する天文学者となった。
自国の文化に大きな誇りを持つフランス人、とりわけパリっ子の気質は、現在も過去も変わっていない。しかしその誇りが排他的な行動としてではなく、異文化圏の才能を貪欲に取り込んできた点に注目したい。カッシーニの例はその一端を示しているし、実際、パリで歴史的業績を残したイタリア人の俊才は他にもいる。イタリア人だけでなく、ピカソにしてもヘミングウェイにしても、パリは多数の才能ある外国人の芸術家や学者の活動拠点となった。日本人でも絵画やファッションの世界は言うに及ばず、学問の世界でも数学者の岡潔が多変数関数に関する画期的な論文をパリで発表した。
パリとは、あらゆる文化圏の人が才能を発揮する街なのであり、パリが世界を代表する文化都市の地位にある理由は、パリという街に異邦人や異文化を招き寄せ、受け入れる懐の深さがある点にこそあると考えるべきだろう。その点、東京もまた、多くの多くの日本人が東京発の文化を世界に発信しているし、世界中の文化人がその市場価値に注目している。東京に住む外国人の数も多くなった。しかし、異文化圏の人々が東京を生涯の活動拠点としようとしているのか、東京にそうした人を受け入れるだけの度量があるのか、まだ疑問符を付けざるをえない。東京がパリに比較しうるだけの文化都市となる道は、まだ半ばなのだ。
■多面鏡
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週刊新聞、France News Digest社/発行、1990年創刊
フランス在住の日本人向けに無料配布されている日本語の週刊新聞である。インターネットがまだ普及していなかった時代、OVNI、Jeudi Paris-Tokyoとともに、在フランスの日本人にとって日本のニュースを知るとともに、ヨーロッパのニュースを日本語で知るための貴重な情報源であった。
ニュース以外には個人情報を掲載する欄があり、帰国売り、アパートのバカンス貸し、ベビー・シッター募集などの情報が載っていた。在仏日本人の生活情報誌でもある。
なお、発行は週刊だが、わたしのコラム連載は隔週であった。