「France News Digest」(France News Digest/発行)
江下雅之
去る十二・十三日に伝統のルマン二十四時間耐久レースが行われ、片山右京・土屋圭市・鈴木利男の三選手が駆るトヨタチームが二位に入った。優勝はドイツのBMWチームだったので、表彰セレモニーではドイツ国歌の伴奏で国旗が掲揚された。そのとき、日本の選手たちが脱帽するかどうかに注目していたのだが、片山選手はすぐに脱帽、鈴木選手も続き、残る土屋選手は片山選手に促されて帽子を取った。なぜそんなことに注目したかというと、昨年もニッサンチームが総合三位に入り、三人の日本人レーサーが表彰台に立ったものの、国旗掲揚で脱帽したのが鈴木亜久里選手一人だったからである。そのときは国旗掲揚が始まるや、一位・二位のポルシェチームのドイツ人選手たちは、ごく自然に脱帽した。一位チームにはフランス人選手もいたが、彼はテレビ局からインタビューを受けていた最中だったにもかかわらず、話を中断してあわてて帽子を取っていた。
現代では広告塔の役割をも担っているプロスポーツ選手の場合、スポンサーのマークの入った帽子をかぶっていることは、契約上の義務にもなっている。それでもなお、国旗掲揚のセレモニーでは、脱帽して相手国や自国への敬意を表する行為が常識として通用している。日本では日の丸や君が代に関しては依然として激しい論争もあり、国旗を前に脱帽するといった習慣は一般的ではないかもしれない。フランスでも、サッカーW杯でラ・マルセイエーズを歌わない選手はいた。国旗・国歌に反発を覚える移民系選手もいるだろう。それでもなお、現実に国際セレモニーでは国旗を掲揚する習慣があり、それに敬意を表するという常識がある。郷に入りては郷に従うのもまた常識であろう。ルマンの表彰台で独仏人選手ができたことを、日本人選手ができなかったというのは、国内事情から弁解できることではない。ごく常識的な行為を自然に行えたのが、片山右京、鈴木亜久里という、長年海外に住んで活動していた選手だけというのは、いささか寂しいことではないか。
フランスの書店には、新刊書とともに古書を販売している店がある。パリのジベール・ジョンヌは代表的で、九月は学生たちが持ち込む本を買い取る繁忙期でもある。この時期、ジベールに本を買いに行くと、書店員からいきなり「本をお売りですか?」と尋ねられるだろう。店には本を売りに来る学生と安く手に入れようとする新入生の両方が集まるため、中は大混雑するが、それ以上に込み合うのが店頭だ。テキストを買いに来た新入生に、直接自分の本を売ろうとする学生たちがそこに集まるのである。ジベール前にあるサン・ミッシェル広場など、この時期には即席の青空古本市といった状況だ。
本だけでなく、七月から九月は引越家具の不要品処分のアノンスがスーパーやショッピングセンターの掲示板に並ぶ。日本書店や日本食品店でも、その時期は帰国売りの掲示が大量に張り出されるものだ。日本でも学生街の古書店では、辞書・テキスト類は大量に並ぶが、学生たちがせっせと古本を売りさばく姿はあまり見かけない。引越家具にしたって、フランスではごく普通に見かける不要品処分の販売は、ごく一部の人たちが例外的に行っているにすぎない。個人間の中古品売買といった点では、フランスの方がはるかに盛んだ。
ところで、粗大ゴミの取扱、古紙や瓶などのリサイクル率を統計から見ると、フランスはけっして高い数字を示しているわけではない。古紙などは日本の方がはるかに回収が進んでいる。パリ市内での雑誌類の分別回収も、始まったばかりといっていい。こうした点はずいぶんとルーズに感じるかもしれない。ところが、先に述べたように、本だろうが家具だろうが、フランスでは使える中古品は個人間で徹底的に使いまわしている。ゴミ処理では日本の方が案外と進んでいる面があっても、フランスには、使えるかぎりはとことん使い込む生活習慣が定着している。数字に見える回収率よりも、ゴミを出さないこういう姿勢こそが、本当は重要なのであろう。
■多面鏡
|
週刊新聞、France News Digest社/発行、1990年創刊
フランス在住の日本人向けに無料配布されている日本語の週刊新聞である。インターネットがまだ普及していなかった時代、OVNI、Jeudi Paris-Tokyoとともに、在フランスの日本人にとって日本のニュースを知るとともに、ヨーロッパのニュースを日本語で知るための貴重な情報源であった。
ニュース以外には個人情報を掲載する欄があり、帰国売り、アパートのバカンス貸し、ベビー・シッター募集などの情報が載っていた。在仏日本人の生活情報誌でもある。
なお、発行は週刊だが、わたしのコラム連載は隔週であった。