「France News Digest」(France News Digest/発行)
江下雅之
ファースト・フード、ネットワーク、コンピュータなどの言葉は、英米語の単語がそのまま日本語として定着したものだ。しかし、フランスではファースト・フードはresto-rapide、ネットワークはreseau、コンピュータはordinateurという言葉が文語でも会話でも一般的に用いられている。なかでもresto-rapideは、fast foodという語がそれなりに普及した後に、アカデミー・フランセーズが取り決めた翻訳語だ。国語の乱れに目を光らせるこの機関、英米語を中心とした外国語の進入にはとりわけ神経質で、日本では片っ端からカタカナ言葉として定着してしまう米語を次々とフランス語に置き換えている。フランス人の若者の一部は、米語を用いることに格好良さを感じているようだ。中には米語をフランス語風に発音する者もいる。しかし、純粋のフランス語を用いることに、多くの人は同意しているようである。
しかし、フランス語が排他的なわけではない。外来語が定着した例はいくらでもあるし、日本語起源の単語もある。たとえばテロや災害の報道では、しばしば「カミカゼ(kamikase)」という単語が使われる。ストーリー漫画を「マンガ(manga)」と呼ぶ例も多い。実際のところ、既存のフランス語の社会文化的な概念でくくられる範囲のものであれば、フランス語の範囲内で対応する言葉を用いているのに対し、フランス文化にとって未知の事象を表現する言葉は、そのまま外来語が受け入れられることが多いようである。「カミカゼ」は典型的な例だ。
言葉には社会文化的な背景を持ったニュアンスが付随するものだが、安易に外来語をカタカナ化する日本語の世界は、異質な文化をすばやく取り込む柔軟さがある一方、いわゆる業界用語や若者言葉に見られるように、元々の意味からかけ離れた用例で使われ、一部の人たち以外には意味不明といった状況ももたらしている。アカデミー・フランセーズの一見すると頑迷な行動は、言葉の文化的な存在理由を考えれば、むしろ当然のことなのではないか。
フランスの食糧自給率(カロリー計算ベース)は百四十パーセントにも及んでおり、数字の上では、国民で消費する食料を国内生産でまかなえる。しかし、スーパーや市場にはスペイン産、モロッコ産、チュニジア産の果物や野菜があふれ返っている。肉とて輸入品は多く、それゆえイギリスで狂牛病が広がり、ベルギーで鶏肉のダイオキシン汚染が発生したときは、フランスでも騒ぎになったわけだ。食糧自給率は百パーセントを越えていても、多くの輸入農産品が国内で流通している。そうした状況は日本も同様だが、こちらの食糧自給率は四十パーセント程度にすぎない。
これは輸入量以上に輸出があることの結果だ。フランスの主要な輸出農産品はワインだが、一方で膨大な輸出があるからこそ、大量の輸入があっても自給率は百パーセントを越えられるのである。一九九三年の多角的貿易交渉ウルグアイ・ラウンドでは、農産品の貿易自由化が大きな争点となった。そこでは日本とEUが自由化に対抗したが、日本は米の輸入に抵抗し、EUは輸出奨励のための農業への補助金を維持しようとした。おなじ抵抗でも、発想がまったく逆だったのである。EU流に考えるなら、日本が国産米を守るためには、なんとかして国産米を輸出すべしということになる。攻めてはじめて自分たちの食料を守れるということなのだ。
日本にとって、経済性で不利な国産米を輸出しようと思ったら、寿司や日本酒など、割高でも日本米が求められる食の文化を世界に輸出し、浸透させなくてはいけない。こうした発想はいわゆるグローバル化には逆行すると感じるかもしれないが、フランスは長年行ってきたことなのだ。各国の公式晩餐会でフランス料理がふるまわれることはめずらしくない。東京でもニューヨークでも、地元の人がフランス料理を味わっている。グローバル化とは、文化の熾烈な覇権争いという側面をもあわせもつ。我ら日本人も、自分たちの文化や習慣に愛着や誇りを持つのであれば、それ自体の輸出を考えるべき時期なのではないか。
■多面鏡
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週刊新聞、France News Digest社/発行、1990年創刊
フランス在住の日本人向けに無料配布されている日本語の週刊新聞である。インターネットがまだ普及していなかった時代、OVNI、Jeudi Paris-Tokyoとともに、在フランスの日本人にとって日本のニュースを知るとともに、ヨーロッパのニュースを日本語で知るための貴重な情報源であった。
ニュース以外には個人情報を掲載する欄があり、帰国売り、アパートのバカンス貸し、ベビー・シッター募集などの情報が載っていた。在仏日本人の生活情報誌でもある。
なお、発行は週刊だが、わたしのコラム連載は隔週であった。