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93年12月の日記は、パソコン通信NIFTY-Serveの「外国語フォーラム・フランス語会議室」に書き散らしていたものを再編集したものです。ただし、タイトルは若干変更したものがありますし、オリジナルの文面から個人名を削除するなど、webサイトへの収録にあたって最低限の編集を加えてあります。
当時の電子会議室では、備忘録的に書いた事柄もあれば、質問に対する回答もあります。「問いかけ」のような語りになっている部分は、その時点での電子会議室利用者向けの「会話」であるとお考えください。
それほどフランスの音楽、レコードに親しんでいるわけではない。「聞く」ことはあっもも「聴く」ことは少ない。唯一自腹を切って買ったレコードが「13 jours en France」だった。同名の映画(邦題「白い恋人たち」)のサントラ。
まだ小学校低学年のころ、親戚の家でグルノーブル五輪に関する番組を見た。カラーテレビだった。何しろまだ当時はカラー放送の番組には、新聞のテレビ欄に「カ」印のついていたころ。そもそもカラーテレビを持っている家が、町内に2、3軒だった。そのせいか、「グルノーブル」という地名が妙に印象に残った。
それから札幌オリンピック。スキーに対する関心が一躍高まった。グルノーブル五輪、そしてテーマ曲の「白い恋人たち」に、再び興味がわいてきた。フランシス・レイの叙情的なメロディ。中学から高校にかけて、映画音楽に少し入れ込んだのだけど、フランシス・レイの曲は別格だった。
高校2年のとき、「白い恋人たち」に歌詞がついていることを知った。それまでは、ただのインストだと信じていたのだ。歌詞を知りたいけどフランス語じゃ分からない。大学の教養でフランス語を習ったとき、真っ先に買ったのが「星の王子さま」フランス語版と「白い恋人たち」のサントラだったと思う。
原題「Treize jours en France」。お祭りさわぎをそのまま伝える陽気な歌詞。いまではすっかり忘れてしまったけど、14年前には必死の覚えようとしたものだった。
おととい、ミッシェル宅で Jean-Luc に会ってきました。なかなかに剽軽で、はっきりとした口調のしゃべり方。年齢27才。いやー、面白い男だった。盛んにミッシェルをからかうんですよね。仕事の上では、一応、ミッシェルが上司ってことらしいけど。
特に二人ともジャズが好きなんだけど、Jean-Lucは盛んに「ミッシェルの趣味はボクの父親の世代と同じだ」ってからかう。それでミッシェルが、「じゃあ、これ聴いてみろよぉ」ってムキになって別のディスクをかけると、Jean-Lucは手をひらひらさせて、「Pas mal...」。絶対に誉めようとしないのがおかしい。
アルコールが入ると、Jean-Lucはミッシェルの酔っぱらったときのチョンボを次々と暴露し始めました。(^_^)
フナックはファミコンやらメガ・ドライブが山積みになっています。6年前にゲーム・マシン市場を調査に来たとき、フランス人のアナリストは口を揃えて「あんな高いおもちゃがヨーロッパで売れるものか」と自信満々に語っていたことを思い出します。ファミコン山を見て、江下はほくそえんでしまった。いまや「ニンテンドー」はホンダ、ソニーをしのぐ知名度ですからねぇ。友人に「ニンテンドー」と「シセイドー」の「ドー」は同じ意味だと教えたら、とてもとても不思議そうにしていました。
フランスにいてフランス人の友人に送るクリスマス・カードは超簡単。だって、ぼくなんて「謹賀新年」と漢字で書いておしまい。カードは日本から浮世絵のデザインとかのやつを買ってきてもらうから、こういうのが一番受ける。
で、一番苦労するのが日本に住むフランス人の友人です。これは日本からフランスに送るのと同じですね。近況報告を書いたりとか、時候の挨拶とか、油断していると、文章が全部「je」で始まってしまう。
どのメッセージへのコメントになるか分からなかったので、独立して書いちゃうことにしました。
ミッシェルの話しだと、フランスにはそういう習慣はないそうです。だから、喪中でカードを送って失礼になるという感覚はないとか。
一番オーソドックスなのは、jambon + fromage + oeuf でございましょう。いわゆる galette completってやつです。卵は半熟のサニーサイド・アップで、チーズはとろけるようなやつ、ハムは細かく切らないこと。
カミさんのレシピだと、次のようになっています。
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材料:薄力粉 150g、卵2個、牛乳 250cc、ビール 30cc、バター 40g、塩少々
これで直径20cm程度のクレープが10枚程度。薄力粉の代わりにそば粉を使えばガレットになるのかな?
具:ほうれん草クリーム煮、トリのトマトソース、たらこ、いくら、キャビア、牡蛎、タマネギ、マッシュルーム、ソーセージ、……
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Andouille なんかも売っているといいですけどね。
お菓子のクレープでぼくが割と気に入っているのは、洋梨にチョコレート・ソースをたらしたやつです。バニラ・アイスが入ってもうまい。これは昔、横浜元町のブール・ミッシュでもよく食ったな。
電車の中で声をかけるのに一番いいタイミングはいつか? これは自分または先方のすわる瞬間です。このタイミングで最初のコンタクトを持つと、後のコミュニケーションがスムーズに運ぶ。これは対人心理学だかで言われていることだけど、江下の経験では万国共通でなりたちました(今のことろだけど)。かける言葉は「Bonjour」で充分。あとをどうつなぐかは、相手の反応次第。
行動が進行しているときは、意識は行動にいっているので話しかけられても注意がいきづらい。動作がおわったあとは、今度は身構えてしまうわけですね。だから座る瞬間、直後が狙い目ということになります。これは電車の中以外でも、相部屋のホテルとかでも同じ。
以前、コミュニケーションの先生がいってたことなんですけど、かつての貴族の生活は宵っ張りで、「朝食」の習慣がなかった。朝はずっと寝ていたわけですね。だから、三食のパターンおよび食事のよびかたは、
dejeuner → 昼食:目覚めの食事
diner → 夕食:本格的食事
soupper → 夜食:饗宴のあとの一食
だったそうです。
ところが市民社会成立後、とくに産業革命以降には朝に起きて食事をとる習慣があたりまえと考えられるようになった。それで dejeuner 以前を意味することばが必要になったそうです。
いまではみんな宵っ張りになったから、ふたたび古きよき時代?に戻っているかもしれませんねぇ。江下の友人はだいたい朝はリンゴ一個かじるだけとか、10時ごろにパン・ショコラかクロワッサン一個という例が多かった。
そうだ、今思い出したんだけど、アップルはキーボードの配置を微妙に変えたんです。ぼくが使っているのは6年前の型で、アクサン・グラーブがスペース・バーの隣にあるんです。ところが最近のタイプは、PowerBook も含めてそのキーがタブ・キーの上にある。アクサン・グラーブを入力する際に、左手がホームポジションから大きくそれてしまうので、非常にわずらわしくなります。もし現在お使いのキーボードが新しいタイプの方であれば、配置をAZERTYに変えた方が絶対に楽でしょうね。
キータッチも昔のタイプの方が絶対に使いやすい。値段が高いというのが問題ですが……。
ニューヨークやパリでも適当に誰にでも道を尋ねるというのは、わりと当たり前のように感じるね。むしろ東京みたいな大都市で、日本人にしか道を尋ねないという方が珍奇な現象かもしれない。もともとメトロポリタンっていうのは無国籍なんだから。
ぼくはわりとアラブ系、スペイン系に見られることが多い。パリに住んでいて、これは交友関係をつくる上で大いに役立っているみたいだな。別に日本人に見えて損することはまったくないけど、アラブ系、ラテン系の人間がたったそれだけのことで興味を抱いてくれるからね。
溜まり場が少ないって、悲しいことだよねえ。やっぱりカルチエ・ラタンは魅力あるもん。確かにセルジーの方が広々とはしているけどね。大学の分散と Internet などの普及には絶対関連があると信ずる。
学生の気質は時代をうつしていると思う。だから、世のオジサン・オバサンたちがいかになげこうと学生に責任はない。当のオジサン・オバサンたちが学生の頃だって、「今時の学生は……」と言われていたはずなのだから。
「社交を学び、大人である」との見解には疑問があります。コミュニケーション論からは脱臭化が指摘されており、むしろそちらの視点の方が現象をうまく説明しているように思われる。ただ、問題はその背景をどう考えるかでしょうね。
どうも「学生街」がなくなりつつあるのではないだろうか?
これは大学の郊外移転が関係しているように思えてならない。
学生街で何を思い浮かべるか?
ぼくの場合、場末の喫茶店、古本屋、雀荘、春歌の歌える大衆酒場、そして安っぽいアパート群ですね。いずれも人がたまるための無目的の「場」を提供している。八王子や厚木にこれらの集積を突然求めるのは無理な話。以前、東大に立川移転の話しが持ち上がったとき、一番危機感を感じたのは工学部だそうです。理由は簡単。秋葉原が遠くなるから。アキバのあんちゃんと交流できないと、実験器具を作れなくなるそうだ。
大学にも学生にも一番大切なのは雑多な人の交わりであり、それを実現するのが「たまり場」であると思う。最近の学生気質云々を聞くと、「たまり場」の機能、さらに突っ込めば、たいせつな都市集積がくずれていることに想像が飛んでしまう。
パリでも大学の郊外移転がカフェの衰退を招いたそうだけど、分散でえるものもあれば、失うものもかなりあることを忘れてはいけないような気がする。
味はともかくとして、充実しとる。
(1)前菜:ティーソーサくらいの皿に、サラダや魚、テリーヌなどから選択
(2)本菜:パスタかポテトに肉(鳥が多い)が乗ってる。
(3)チーズ:カマンベール一切れか、ヨーグルトを選択
(4)デザート:果物、スナック、ケーキなどから選択
あと、バゲットの切れっぱしは食い放題。だから、パリで食費を浮かそうと思ったら、なんとかチケットの回数券を買って RESTO-Uで食うこと。場所によっては夕食もやっている。
わしの現役時代は安田講堂地下で定食 210円、コープ 270円、ランチ 350円だった。第二食堂の素ラーメンは 100円だったな。でも、どの食堂も理学部5号館からは遠かったから、昼はあまり食わなかった(そもそも学校にあまり行かなかった)。京都に遊びに行った時は、たいてい京大の学食で食ったな。腹が減ったときは西部食堂でジャンボハンバーグを 400円で食った記憶がある。
会社に入ってからは、もっぱら日経新聞の社員食堂にもぐっていたから、昼はだいたい 400円以内だった。あそこ、学食より安いかもしれない。役所に用があるときは農水省。ここが一番人気あった。
学食の安っぽい具だくさん味噌汁は結構好きだったなぁ。
学生会話シミュレーション。文法的な間違いはあるかもしれないが、ほぼ実際の用法に即していることを保証する。
- Salut, RIE!
- Salut, Massa! Tu va bien?
- Oui, oui, tres bien, et toi.
- Tres bien! Au fait, tu sais que le cours de mathe(*1) est reporte?
- C'est pas vrai!
- Si, si, c'est affiche.
- Oh, purtain...mais pourquoi?
- Ben...le prof(*2) est malade, et il est absent pour le moment.
- Ecoute! Je me suis leve tres tot le matin pour ce cours!
- Mais, attend! De toute facon, on a le cours de compta(*3) cet apres-midi.
- Hun...t'as raison.
- On va au resto-U(*4)?
- Ouais...Oh! Merde! J'ai plus de ticket!
- Je te vend ce truc(*5).
- Ah, c'est sympa! C'est combien?
- 12 balles(*6).
- Ok...12 balles...tiens!
- T'as fait le cas de compta?
- Du tout. C'est difficile?
- Non, parce que j'ai un tres bon bouquin(*7), et le meme cas est montre dans la.
- Et RIE, comment se trouve ce truc?
- T'as pas vu le reference de biblio(*8)?
- Ah...non, parce que j'ai pas de poly(*9).
- Oh, Massa, c'est fou! Demande au prof!
- Oui, oui, je fais ca. Et euh...On peut acheter ce bouquin chez Gibert?
- Non, il est epuise. Y avait qu'un exemplaire. Si tu veux, tu peut faire des photocopies.
- Oh, RIE! Hyper sympa. Je t'aime ...(chu).
- Arrete, Massa!
【略号解説】
(1) mathe → mathematique(類:informatique → info)
(2) prof → professeur
(3) compta → comptabilite
(4) resto-u → restaurant universitaire
(5) truc : あれ
(6) balle → franc
(7) bouquin → livre
(8) biblio → bibliographie
(9) poly → polycopie(s)
昨日から Univ.Paris Sud での講義が始まったので、オルリー空港のさらに先にある Orsayまで行って来たのでした。
大学キャンパスが広かった。丘があって、古い城壁みたいな壁があって、校舎はあちこちに分散しとる。どうせ入り口に守衛がいるだろう、と安易に思っていたら、ゲートっぽいところもなければ、守衛、インフォメーション一切なし。そもそも時間表には Salle 13 とだけ書いてあって、どの建物かわからない。こりゃ困ったと思って、適当な建物に入って聞いてみたら、知っている人がいない。でも、たまたまそこに居合わせた人が場所を知っていたので、何とかたどり着くことができた。
どうも狭い敷地や校舎に慣れてしまっていたので、広いところに行くととまどってしまうのだ。
包装は一般に簡単だと思う。過剰包装と感じたことは、少なくとも今までありませんねー。安いスーパーになると手さげの袋も有料ですから、買い物かごを持って来る客も結構います。デパートなんかは包装コーナーもある。これは日本も同ですね。
確実に言えることは、パリだと切りつめようと思えばいくらでも切りつめられるってことでしょうね。日本だとその選択幅が案外と狭いような気がします。総合の物価は世間で言うほど差はないと思うけど、このあたりの選択幅の違いが、在日外国人の物価高という感想に繋がっているようにも思う。
関西人のケチは至極まともな感覚だと思う。まあ、買い物の駆け引きにはちょっと不合理な面も感じないではないけれど。
NIFTY-Serveではコミック・フォーラムと外国語フォーラムに主として参加していたのだが、このころから「本と雑誌フォーラム」にも出入りするようになった。出版関係者や小説家志望者、本好きが集まるフォーラムで、なかでも小説家の水城雄さんが主宰する「小説工房」という会議室が最も活発だった。ここは水城さん自身による文章道場であり、現役の小説家がアドバイスをしたり、後に作家デビューを果たした人が短編を発表していた。インターネット以前の時代にあって、電子コミュニティにおける創作活動という点で、最も先進的で意欲的な場であったといっていい。
わたしは小説家になりたいという気持ちはなかったが、水城さんが掲げる「商品としての文章」という考え方にはおおいに興味を持った。会議室に発表された作品に対する水城さんのコメントは、第三者的にもじつに納得のいくものであった。自分自身が文章を書くにあたっても、目から鱗がボロボロと落ちるような気がしたものである。
本と雑誌フォーラムに参加したのは8月ぐらいだったような気がする。そして10月の一時帰国のおりには、執筆中の単行本の関係で、水城さんに取材までさせてもらった。そのときは本当にお世話になり、いまでも感謝している。その後、わたしは多くの出版関係者と知り合い、サラリーマン時代とは人間関係がガラリと変化していくのだが、その出発点は間違いなく水城さんとの出会いであった。
(2006.3.2記)