21世紀の日記
20世紀の日記

*この日記について

94年4月の日記は、パソコン通信NIFTY-Serveの「外国語フォーラムロマンス語派館」に書き散らしていたものを再編集したものです。ただし、タイトルは若干変更したものがありますし、オリジナルの文面から個人名を削除するなど、webサイトへの収録にあたって最低限の編集を加えてあります。
当時の電子会議室では、備忘録的に書いた事柄もあれば、質問に対する回答もあります。「問いかけ」のような語りになっている部分は、その時点での電子会議室利用者向けの「会話」であるとお考えください。


1994年4月30日 コンコルド

 コンコルドはたしかもうすぐ、全機償却の時期が、近づいていいるんじゃありませんでしたっけ? 考えてみれば、旅客機でマッハ2以上っていうのは、化け物でしたね。次世代機の開発はまだ始まっていませんでしたね。
 名古屋空港の事故は、F3の夕方のニュースでもトップで報道されました。

1994年4月29日 インテリのラテン語

 ラテン語といっても、この場合は「ラテン語の単語」って意味でしょうね。そうなると、われわれにとっての古文や漢文、あるいは故事成語に近いイメージだと考えればいいのではないだろうか。
 インテリに属するひとだと、会話でもラテン語の単語が混じることがありますよ。よく使うのは、「a priori」とか「grosso modo」など。
 学長なんかに問い合わせをするときなど、
 A priori, oui
 なんて返事はよくあります。
 文語というか、学問の世界だと、「i.e(id est)」「e.g.(exempli gratia)」はフランス語に限らず使いますね。

1994年4月29日 tutoyer,vouvoyer

 大学では教授どうしは tutoyer、生徒どうしも tutoyer、でも教師と生徒の間は vouvoyer が、ま、普通なのである。しかし、その「生徒」も晴れて「はかせさま」になると、教授たちから「tutoyer」してもらえるのだ。DEA の生徒くらいだとそのあたりが中途半端で、教授とは vouvoyerだが、はるかに距離の近い enseignant とは tutoyerというケースも多い。別に「女教師・昼下がりの○○」という世界ではないのである。そうなると、tutoyer には階層的な発想が込められているのではないか、と考えられるのである。
 グランゼコールの生徒になると、大OBの高級官僚や大企業幹部ともいきなり tutoyerするケースが多いそうだ。これなども、「同じ社会階層に所属する」ことの確認儀式ではないか、と思うのだ。語学学校などでは教師と生徒が一体化となった雰囲気が重視されるため、教師・生徒間でも tutoyerというケースが少なくない。師弟関係というものが、持ち込まれていない状態なのである。一種の友人関係といってもよいだろう。
 さてさて、こう考えると、「tutoyer」といっても特別「親しい」関係を保証するものでもないし、「vouvoyer」に変化したからといって、急に見知らぬ人となったわけではないのだ。「去る人日々に疎し」かもしれんが。

1994年4月27日 チェック

 先日遊びにきた知人が重信房子に似ているというので、国境を通過するたびに念入りなパスポート・チェックをされるとゆうとりました。重信房子といっても、若い人にはピンとこないだろうなあ。

1994年4月26日 郷に入り手ては

 在パリ約二年が経過、メトロの切符は出口でぽい、焼き栗は殻をすてながらむしゃむしゃ、さくらんぼの種はそこらにぺっぺ、赤信号はもとよりしらんぷり……シンガポールには滞在できないと覚悟するこのごろ。

1994年4月26日 マンガの話

 ぼくの知人が、「ウチの子供は漫画さえも読まない」とぼやいてましたね。活字離れの意味が変化しているのかもしれん。ファミコンばっかやってるんだそうです。日本での話しですが。
 日本の図書館でも漫画は置いてないこともないけど、選定基準がすごく厳しいらしいですね。「子供の成長に有益であるもの」「セリフや擬音が適切であるもの」など、やたら細目がうるさいそうです。もう二世代ぐらいたたないと、図書館の漫画充実は無理かもね。

1994年4月26日 警察

 日本でも公安とそれ以外の部署は、犬猿の仲だそうですね。諜報機関と警察機構というのも、全世界的に犬猿の仲だそうですね。アメリカだとCIAとFBIの関係はすごく険悪らしい。あれ、そういえばフランスの諜報機関って何だろう? 旧ソ連のKGB、イギリスのMI6、イスラエルのモサドなんて有名だけど、フランスには何があるのだろうか? ないはずはないと思うのだけど。
 そういえば、MI6の存在を公式に認めたのは、確かメージャー内閣でしたね。「007は実在だ!」なんて新聞記事を見た記憶があるけど。

1994年4月25日 マンガの話

 漫画に対する思い入れは、おそらく人一倍強いと思います。ひらがな・カタカナの教科書もエイトマンだったし、中国史に興味を持ち始めたのも、横山光輝の一連の作品群の影響だった。
 漫画を書くときの漫画家の取材は並みじゃないですね。プロと素人の差を決定的に感じてしまう。去年の秋、NHKで『嵯峨天皇と道鏡』の特集番組があったのだけど、ゲストが里中満智子さんでした。とても聞き応えのある意見を述べておられましたね。ぼくは日本史でも飛鳥時代が結構好きなんですが、そのきっかけになったのは、『天上の虹』という里中作品であります。このときも、プロは違うなーと思いました。
 最近は描画そのものにもエネルギーがかかるようになったので、漫画界の現象として、原作専門と描画専門とに分離する傾向があるそうです。30年くらい前だと、SF作家がアルバイトで原作を作り、若手漫画家が絵を描くなんてパターンもあったそうだけど、いまは漫画家内部で分業が始まりつつあるとか。
 日本の漫画の世界はかくも奥が深い。フランスではやはりアネクドートが本流という考えが強いのかな。Dorthey はぼくも一昨年はときどき見ていたけど、やっぱり日本アニメは人気が出て当然という気もしましたねー。

1994年4月24日 フランスのマンガ

 漫画が子供向けというのは、日本でも二十年以上前の発想でござるよ(笑)。いまでは40代までが完全に漫画漬け世代でしょう。ビッグコミックの創刊が一つのエポック・メイキングであると、専門家は分析しているようであります。なんのエポックかっちゅうと、「大人が読むに耐える漫画」というジャンル形成でありますが。
 最近は、団塊の世代くらいの社会学者が、さかんに漫画の風俗史について本を出していますね。学生時代に劇画の洗礼を受けたひとたちだな。

1994年4月24日 映画の字幕

 Vestige du Jour だと、字幕はほとんど二行にわたっていましたねー。フランス語は同じ表現にしても単語数が多くなるから、あまり字幕向けなのではないのかなーなどと思ってしまう。

1994年4月23日 新聞

 うちのカミさんは、もっぱら「Info Matin」を愛読(?)しています。ぼくもこれが一番気に入ってます。FIGARO や Le Mondeも面白いと思いますが、読みやすさの点ではこれが一番じゃないかな。
「Info Matin」は去年創刊されたばかりの新しい新聞です。ほかの新聞よりも安うおまっせ。

1994年4月22日 結婚の祝辞

 ごく簡単に、

 Toutes mes felicitations.
 Tous mes voeux!
 Bon mariage!
 Je vous souhaite bon mariage.

 ちょっとひねって、(ほとんど皮肉であるが……)

 Bon succe!
 Bon courage!
 A merveille!

 でも、一番バカ受けするのは、毛筆でかな文字か漢字の祝辞を書くこと。すみっこにフランス語の説明を入れる。

1994年4月21日 フランスの漫画

 フランスにもえっち漫画はいっぱいある。図書館にも置いてあります。でも、日本のポルノ&エロの方がリアルですね、はるかに。ためしにフランス書院の漫画なんぞをご覧あれ(笑)。
「概して良質」かどうかはわからないかど、あまり面白いと思う漫画に遭遇したことはないのだ。絵はかなりヘタクソなのが多い気がする。あ、これはざっとながめただけでの印象ですから。
 うーん、フランス漫画のジャンルはどうなっているんでしょうねえ。そこまでは考えたことがないなあ。日本だと漫画そのものを学問的に研究しているひとが結構いるんだけど、フランスはどうなのだろうか?

1994年4月21日 Calvaのアクセス料金

 CalvaComの場合は、ニフティの電子会議室に相当するのが forumなのね。それで、ニフティのフォーラムに相当するのは cite っていうのかな。ただ、forumはそれぞれが完全に独立しているから、「会議室の一つしかないフォーラム」と考えてもいい。
 まず CalvaCom にアクセスすると、最初に「FO」ってコマンドを入力する。そうすると、foraプロンプトになる。そこで「9」を入力すると「Soleil Levant」に入れるのだ。で、未読があればさらに「LI」コマンドを入力するといった次第でござる。
 Citeは三つある:Cite Mac、Cite PC、そして Cite Calvacom。SLは Cite Calvacomの中に含まれる forumであります。SL以外の fora には、Infos RCI、Cine-Tele、Actualite、SF、Langue なんてのがある。Contributionの数が一番多いのは Actualiteで、二番目が SL です。

1994年4月19日 Vestige du Jour

 おそまきながら、石黒原作のこの映画を観てきた。隣のアパルトマンにある映画館で、食後の腹ごなしをかねて。内容はさておき、英語のセリフにフランス語字幕というのは、わしにとって一番困る組み合わせだということを思い知らされた。
 まずセリフ。
 耳が英語についていかん。わかりやすいはずのブリティッシュなのに、音が全然聞き取れない。唯一、をを、すごくわかりやすいぞと思ったら、フランス人のフランス訛の英語であった。
 なしゃけないけど、こうなりゃ頼りは字幕だ。が、スクロール(というのだろうか?)が速すぎる。ついつい頭で音読してしまうので、8割くらいのところでさっと代わってしまう。字幕を気にしていては、画面も追えない。これはジレンマであった。
 結局、映画の半ばくらいでようやく字幕のペースに慣れた。が、悪いことに耳の方も多少は英語のセリフにシンクロしたようだ。こうなると、今度はセリフを聞こうか字幕を見ようかとの迷いが生じる。わからなかったらどっちかに、というわけにゃいかん。どっちかに絞らないと、出遅れてしまうのだ。
 弱った。こうなると、セリフによってわかったりわからなかったり。話しがつながらない。なんとかスパっと切り替えられたのは、多分、ラスト30分くらいかな。
 というわけで、映画の内容はさておき……なのであった。

1994年4月17日 JUNKU堂の地下売場

 日本書店 JUNKUの地下一階は、日本の大書店なみの漫画の品揃ですね。土曜になると、このフロアはフランス人のガキども、もとい、お子さまたちであふれかえっています。みんな夢中になってコミックを吟味したり、店員にあれやこれや質問を浴びせています。
 絵の質、ストーリーの面白さ、ジャンルの豊富さ、歴史――どれをとっても日本がダントツでしょう。一度これにハマったフランス人は、なかなか抜けられないみたい。セックス描写やバイオレンス・シーンへの批判はありますけどね。
 ぼくが眺めた限りだと、高橋留美子が人気あるんじゃないかな。TF1でも「めぞん一刻」「らんま 1/2」と、ずっと高橋作品を放送しているし、バスやメトロで「らんま」を読んでいるフランス人も見かけることがたまにある。もちろん、「ドラゴンボール」は別格ですけどね。

1994年4月17日 Calvaのアクセス料金

 CalvaComのアクセスチャージは、90 FHT/heur ですね。だから、実際は一分当たり 1.78 FTTCかかります。ただ、これは転送速度に関係なし。300bps〜14400bpsですから、NIFTY のROAD 3 料金が一律適用されている感じ。当然ながら、modeme puissantの方が有利なんですね。説明書にもはっきりそう書いてあります。「びしばし使うなら、高速モデムにしなさいね」って。
 ぼくは Abonnement libre ってので加入しました。

 入会金 :200 FHT
 ミニマム・チャージ :100 FHT
 年会費 :200 FHT

 CLIPという前払いサービスに基づくメンバーシップもあります。
 CLIP 10 Heures : 750 FHT
 CLIP 25 Heures (+2h gratuites):1.875 FHT
 CLIP 50 Heures (+5h gratuites):3.750 FHT

 これに加入すると、使えるサービスが少し限定されるのかな。フォーラムのヘビー・ユーザー向けですね。
 結論からいうと、コンピュサーブやニフティに比べて高い。ただ、会員数の桁が違うので、やむを得ないかなという気がします。ネット全体のユーザーを「Qui a la?」コマンドで知ることができるけど、だいたい FL と同じくらいのアクセス人数ですね。
 でも、CalvaCom の Biblioteque の Image Xはとってもえっちなので、すごく気に入っています。

1994年4月17日 「絵本」

 はじめて fnac に行ったとき、大のおとながフロアに座り込んで《絵本》を必死こいて読んでいるのにびっくりした。よくよく見たら、それは《漫画》だった。いまだに装丁だけからは、《絵本》と《漫画》の区別がつきませんねー。
 フランスで漫画をじっくり読みたければ、適当な市立図書館を利用することですね。たいてい置いてありますから。閲覧はフリーパスなはず。

1994年4月9日 グランゼコール

 ポリテクニクは受験するだけでも難しい学校なので、入試にパスできなかった生徒は、大学の第三学年に進むことができます。つまり、Universiteの 2e cycle 、Licence を取得するコースに直接編入できるということです。
 少し説明を加えますと、ポリテクニクなどの名門GEに入学するためには、準備学級に2年間所属することになります。これは日本の旧制高校と同じと考えればいいでしょう。新制大学の教養課程に相当します。だから、ポリテクニクやノルマルに進学できなくても、大学の方にスライドできることになります。
 ぼくが大学三年のときに使っていたテキストの一つが、ノルマルの一年生用テキストだった。はじめえらくショックを受けましたが、システムを知ってほっとしました。
 天才数学者ガロアはポリテクニクの高等試問でぷっつんして、黒板拭きを試験官にぶんなげたとうエピソードがあります。大数学者ポワンカレは絵の試験が惨憺たる結果だったけれど、既に天才少年との名声が高かったので、数学教授の特別な配慮で入学が許可されたそうです。ちなみにガロアが通っていたリセ、ルイ・ル・グランは、パンテオンのすぐ近くにあります。ノルマルもパンテオンの近くだな。

1994年4月9日 サマータイム

 以前、ドイツに出張で行ったときのことでした。季節は5月上旬、夏至の一ヶ月半前で、日の長い季節です。ニックスドルフの本社を訪問したのですけれど、対応してくれた部長の話では、サマータイム中、就業時間は午後四時半までにしているそうです。サマータイムでただでさえ日が長いのに、就業時間がこれですから、仕事が終わってもまだお天道さまが空高いんですね。社員たちはサッカーやラグビーで一汗流し、それから冷えたビールをくいっと干す。その頃ようやく日が西の空低くに傾くといった案配なんだそうです。こりゃ、風俗営業の入る余地の少ない健全さ(それがいいか悪いかは別問題ね)だと思ってしまった。
 フランスだと、六月の頃ともなると、天気は安定しているし、風はひたすら心地よい。カフェのテラスで午後十時の夕日(!)を浴びながら、時間を忘れて雑談ですね。この倦怠感がたまらんのですわ。去年書いたと思うけど、六月に河原でやった Mechouiは「暗くなるまでね」と知らされていた。暗くなったのは、夜中の一二時だった。
 ひるがえってわがニッポンを考えると、仕事が終わったらもう空は暗い。梅雨時ともなれば、暗いそらにじっとりした湿気。こりゃ、やっぱりガード下か屋上か。
 ぼくは星空を望遠鏡で眺めるのが長らく趣味だったので、夜の長い季節の方が好きです。でも、巴里の六月の倦怠感は、ほんと、たまらん魅力ですね。

1994年4月7日 異常気象

 今年もフランスは異常気象ですね。このあいだは雹を伴う雷雨があったかと思うと、最低気温が一気に1度までさがりました。その前日にはセーヌ川でトップレスのひなたぼっこ姿もあったのに。
 先週の水曜、17区にある ORYX Micro という店に行きました。途中、八重桜が咲いていましたねえ。ウチのアパート近くの街路樹に巣をつくったカササギ(だと思う)が、いよいよ巣作りに本腰をいれたようです。
 すでにサマータイムなので、午後9時でもまだ薄明が残る巴里でござる。

1994年4月6日 ポリテクニック

 ポリテクニックは今年が創立二百周年ですね。先日、記念切手が発売されました。
 E.T.ベルの『数学をつくった人々』を読むと、この学校の創立過程やさまざまなエピソードを知ることができます。日本で特定の大学の創立N年記念切手なんて、まず出ないでしょうね。それだけこの学校のステイタスが高いということでしょう。

1994年4月5日 ルームメイトの英語

 ぼくの姉の友人がスイスのベルンから遊びにきています。彼女はニューヨークでフランス人のルームメイトと住んでいた。ある日、その女性が突然、
「あい・あむ・あんぐりー!」と絶叫したそうな。
 姉の友人は、「わたし、何か悪いことでもしたのかしら」と心配したら、そのフランス女性、突然冷蔵庫を開いて食い物をごそごそ。
「I am angry!」ではなくって、「I am hungry!」だったんですねえ。

1994年4月3日 在庫くたくた

 Il est epuise. 在庫が切れた。

 であると思います。本屋にいくと、年中耳にする言葉ですね。はじめてこれを聞いたとき、

 epuise → くたくたになる

 よって、 Il est epuise.=「古本しかないよ」だと思ったのでした。わはは。笑ってごまかそう。


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エリート校

フランスを代表するエリート校、Ecole Polytechniqueの創立200周年記念切手が発売された。この学校、仕組みの上では大学ではなく、一般に高等専門学校(grandes ecoles)と呼ばれるフランス独自の高等教育機関の第一号だ。設立したのはナポレオンで、科学技術面で国を担う人材の養成を目指したのである。モンジュ、コーシーなど、当時を代表する数学者がここの教授陣に名を連ねていた。いまでもそうだが、ここへの入学は数学者を目指すフランス人の目標となっている。ポアンカレ、エルミート、グロタンディック、セール、マンデルブローをはじめ、Polytechnique出身の著名数学者はいくらでもいる。
設立者がナポレオンということもあって、この学校は軍との関係が深い。というか、所轄官庁は軍だったはずだ。毎年7月14日の革命記念日軍事パレードでは、この学校の在校生がいちばん最初に行進している。数学者や物理学者だけでなく、数多くの技術者、官僚、企業経営者を輩出している。
フランスの大学には入学試験がない。しかし、grandes ecolesには厳しい選抜試験がある。その準備のために二年間の準備学級が用意され(有名リセに付属する形らしい)、その期間を経てようやく受験となる。もちろん準備学級に進むのにも選抜がある。いわば、日本の旧制高校のようなものだ。grandes ecolesの入試に失敗した者は、大学の三年に編入が可能である。
……というのはごく一部のgrandes ecolesに対する説明で、実際の仕組みはもっと複雑なのだ。フランスには私立大学がないかわりに、各地の商工会議所が発足させた私立の経済商業系grandes ecolesが多々存在する。それらの選抜方式は学校によって異なる。全体像はフランス人にもよくわからないそうだが、社会人になってからもさまざまなキャリアパスのコースが用意されている点は、じつに柔軟な仕組みといっていいだろう。
(2006.3.3記)