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20世紀の日記

*この日記について

97年12月の日記は、パソコン通信NIFTY-Serveの「外国語フォーラムロマンス語派館」に書き散らしていたものを再編集したものです。ただし、タイトルは若干変更したものがありますし、オリジナルの文面から個人名を削除するなど、webサイトへの収録にあたって最低限の編集を加えてあります。
当時の電子会議室では、備忘録的に書いた事柄もあれば、質問に対する回答もあります。「問いかけ」のような語りになっている部分は、その時点での電子会議室利用者向けの「会話」であるとお考えください。


1997年12月30日 フランス語度チェック

 筆記体で「t」と「r」、「w」と「m」の区別がほとんどなくなる、というのはあるかもしれないっすね。
 あと、こんなのも思いついた。

  • 「アバンチュール」といわれても、決してHな想像をしない。
  • 「アポ」ではなく「ランデ・ブー」と言ってしまう。

1997年12月29日 フランス語度チェック

 いくつか案を出し合ってみましょうか。

  • 英作文をするときでも、ついつい性・数の一致を気にしてしまう。
  • 日本の喫茶店でエスプレッソを頼むとき、ついエクスプレスと言ってしまう。
  • 105, 505, 155, 555 を一気に言っても頬がひきつらない。
  • 腹が立ったとき、ついつい pで始まる悪態をついてしまう。
  • 『めぞん一刻』のフランス語版タイトルを知っている。
  • 「あなたのご専門はなんですか?」とフランス語で質問できる。
  • 「ミルフィーユ」なんて言い方は通用しないと思う。
  • 姓をローマ字で書くとき、すべて大文字にしている。
  • je ne sais pas. を j'sais pas. と発音してしまう。
  • 会話で rigolo, marrant, geniale を頻繁に使っている。
  • 「カンペキ〜!」と思うとき、つい「Impeccable !」と呟いてしまう。
  • マルセイユの人が cinquante を発音するとき、訛っているとわかる。
  • バラデュールの演説の物まねができる。
  • 「カセット」を「K7」と書いてしまう。
  • 数字の「7」を書くとき、ヨコに一本きっちり線を入れる。
  • なぜ郵政省は郵便番号を7桁ではなく5桁にしなかったのだと怒っている。
  • 英語圏の地域からフランス語圏の地域に入るとホッとする。
  • Otanがなんの略語か知っている。
  • F1のテレビ中継でフランス人解説者が「アデランス」といっても驚かない。
  • 「サッカーじゃない、フットボールっすよ」と思う。

 なんだか相当趣味が混じってますが。

1997年12月18日 en retard

 こういうジョークをつくったことがあります。
 夜6時に某の家でパーティをやることになった。

 イギリス人は5時半にやってきた。
 日本人は6時5分前にやってきた。
 アメリカ人は6時ジャストにやってきた。
 フランス人は6時半にやってきた。
 そして7時になって、アラブ人から「いまから行く」と電話が入った。

1997年12月15日 綴るとき

 都市名とか国の名前を使うことがわりと一般的みたいです。H はちょっと困りますけどね。Havre あたりを使えばいいのかな。
 最初のころ、e,s,h,i,t,a と説明しても、「ushita」にされることがままありました。「e」の発音って、けっこうむずかしいですね。口の前後を意識するようにしてから、なんとか「eshita」と通るようになりましたが。まあ、母音字で終わる習慣のない英語圏ではたいてい「easter」にされてしまうので、それよりは状況はマシでしたが。
 カミカゼは週刊誌によっては kamikase と表記しています。辞書では kamikaze ですけどね。どっちもアクサンなしだから、音は /かみかず/ になっちゃいますが。
 おもしろいと思ったのは、Judo はもちろんそのままだけど、Judoka もそのまま使われていることですね。tatamisation の例があるから、judoite にでもなるのかと思ったのですが。
 最近は otaku も国際語となりつつあるようであります。

1997年12月14日 par avion

 そうそう、PRIORITAIRE で思い出した。先日、郵便局に航空便で手紙を出そうとしたのだけど、うっかり「Par Avion」を書き忘れていた。で、窓口でその旨を伝えると、手紙はすべて航空便扱いだから書く必要はないんだと。小包はそう明示しておかないとデフォルトは船便なのでヒサンな結果になりますけどね。
 つーことで、フランス発ならたしかに Prioritaire と書くか Economie と書くか、あるいはなにも書かないか、のどれかってことになりますね。

1997年12月14日 Mac屋さん

 パリに限らず、日本以外にはロクなマック屋はありませんよ。すでに fnac でも扱っていないし。一応、5区の警察署の近く(Metro 10 : Maubert-Mutualite)、fnac micro のそばにある Imagol はマック専門店です。あと、RER Luxembourg のそばにも一軒。ただし、これらの店はかなり高い。パリ市内で多少なりとも安いといえるのは、15区にある ORYX MICRO という店です。最寄り駅は Convension だっけかな。
 ヨーロッパでマックの本体や周辺機器を買うなら断然通販を利用することですね。ぼくはいつも MacWarehouse を利用してます。ええっと、パリに帰ればカタログがいくらでも余っているのだけど、その予定が2月じゃ遅すぎますよね。たぶん、マック関係の雑誌を見れば載っていると思います。注文はファックスまたは電話で、支払いはクレジットカードまたは contre remboursement です。

1997年12月9日 疲れた雰囲気

 たしかに姿勢の悪い人が多いって印象はあります。フランスに着いた時点ですでに疲れちゃったんじゃないですか。ぼくもサラリーマン時代は、どこに着いてもホテルでぐーすか寝てばっかいたような気がする。
 中年夫婦はほんとにつまらなさそうな雰囲気な人たちが多いですね。なんなんだろう。旅行に来てもみやげのことが心配なんでしょうかね。まあ、周囲を見ても、とりあえずみやげを買うとノルマを果たしてほっとした、なんて人が多いけど。
 ぼくは明日日本に出発するけど、みやげは Champion で買ったセール品のアンチョビの缶詰であります。あとはまあ、長野オリンピック開催期間中に泊めてもらう友人への「宿代」としてシャンパンとワインを少々。みやげのシガラミを断つために、まずは自分から「みやげは買わない」の励行を心がけております。

1997年12月3日 送金手数料

 ぼくは収入がほとんど日本の口座に振り込まれるので生活費は2〜3ヶ月ごとに送金を手配しているのだけど、額が万フラン単位なので、1円の振幅がそのままン万円の差額になります。3年前はよかった。100 JPG が 5.85 Frs ぐらいだったから。いまは 100 JPY で 4.70 Frs ぐらいっす。まあ、92年に渡仏した時点では 4.20 Frs ぐらいだったから、はるかにマシとはいえますけどね。
 最近わかったことは、日本からの送金はフランス側で口座を持っている銀行と直接取引のところからしたほうが絶対にいい、ということであります。現在、青息吐息の Credit Lyonnais に口座があるのだけど、日本からの送金は東京三菱銀行からやってます。これだと文書扱いでも翌々日には入金されているんですよ。三和やさくらから送金したときは、電信扱いでも四日かかりましたから、直接取引があるかどうかでダンチですね。

1997年12月2日 株式投資

 いまの日本だと配当目当ての株式購入が案外といちばん手堅いんじゃないですか。だって 200円の株を千株買っても 20万円。額面あたり 5円の配当が付けば年利回りは2.5パーセントでしょ?
 これだけディスカウント・キャッシュフローの敷居が下がれば、株式がいちばん有利に決まっているのに、どうも「羹に懲りて膾を吹く」状態になっているんじゃないか、という気がいたします。配当から逆算して買えば、けっこうローリスクでそれなりの見返りがあるんじゃないっすかね。
 逆にドルはいまがピークじゃないですかねえ。株高・債権高・為替高という状態はポジティブ・フィードバックですから、なにかのきっかけで一気に崩壊するわけですよね。で、株価が 8,000ドルで上がったり下がったりしているのは、市場も怖いんでしょう。円相場が大幅安に振れれば米国債が放出され、こんどは一気にトリプル安になるんじゃないのかな。
 しかしカネでカネを稼ぐのは、やっぱ不健全な発想ですね。山一関係では産経新聞の山口昌子記者がけっこう精力的な記事を書いておりますね。

1997年12月2日 パリの韓国人と中国人

 いまや韓国&中国人パワーがすごいっす。2、3年前までは服装がまだなんとなく70年代風だったので日本人とは比較的簡単に区別できましたが、いまではほとんど見分けがつきません。女子大生ぐらいだと化粧の濃さである程度は識別できますが。
 ただ、韓国の不況は日本よりも深刻ですからねえ。多少は頭打ちになるかもしれない。でもフランスを訪れる日本人旅行者はリピーターが多いので、最近はプロバンス方面に散る傾向が強まっているようです。


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パリの東洋人

中国人と韓国人が目立つようになった。理由は簡単で、中国人・韓国人旅行者が増え、日本人旅行者が減ったから、である。ただし、日本人が減少したというのは、いまやフランスを訪れる日本人の多くがリピーターとなり、パリではなくプロバンスを訪れる人が増えたからだ。実際に、ボルドーや南仏で見かける東洋人のほとんどは日本人である。
韓国人は外見では日本人と区別がつかない。ルーブルなどで日本人からいきなり英語で話しかけられたかと思うと、じつは韓国人の旅行者だった、なんてことがある。向こうはこちらを何人だと思ったのだろう。中国人だと服装が日本人とはニュアンスが異なるので、ある程度は区別がつく。