ネットワーク・バトル・レポート(7)
相手は「本人」? それとも……

「月刊ネットピア」(学習研究社/発行)1995年1月号掲載
江下雅之

掲示板でのトラブル

 八月から九月にかけて、ニフティの公開掲示板で、メールをめぐる事件が連続して発生した。
 パターンはほぼおなじで、まず、ある「女性」会員が、「いやらしいメールがほしい」という掲示を出す。そして、数日後に届いたメールを掲示板にさらし、「こんなひどいメールが来た」と非難する。IDをさらされたひとの数は、四十以上におよぶこともあった。
 八月一四日には文通コーナーで「私のお○○こに入れて・・・」という掲示が、九月一四日には「X子を○○○にして・・・」という掲示が登場した。もっとも、こういうメッセージが掲示されるのは、今回が初めてではない。
 H系メッセージは参照件数が多いのが普通で、千件以上アクセスされることもある。八月の事件がある程度知られたこともあって、九月の掲示はかなり注目を集めたようでもある。
 個人のメールを、発信者の同意なしで掲示板などに転載することは許可されていない。かりに「こんなひどい」という怒りが正当なものであっても、無断転載は利用者規約に違反する。今回の「暴露」発言も管理者に削除されたが、それまでに多くのひとの目にふれる結果となった。
 パソコン通信は現在のところ女性ユーザーがすくなく、まえまえからもナンパ・メールや、CBやRTでセクハラ・メッセージの問題が指摘されていた。(注:このあたりの事情は、三才ブックス『裏パソコン通信の本』に詳しい)
 もっとも、通信の本場アメリカでも、女性ユーザーがなにかと「かまわれる」傾向は同じだそうだ。CompuServe の CB に日本人など名前から性のわからないメンバーが参加すると、「お前は男か女か?」と尋ねられることがすくなくない。「男」と答えれば、「Bye!」のひとことで終わり、ということもある。
 女性の名前で「いやらしいメールがほしい」などという掲示を出せば、ついそれに誘われる男性会員が登場する下地は、もともとパソコン通信にはあったわけだ。とはいえ、これが私信暴露に至り、しかも連続して起こったとなると、「こりない連中はいくらでもいる」と呆れてばかりはいられない。

背後に ID クラッキング?

 一方、この事件が続いたさなか、ニフティで掲示板ジャックがおこなわれた。九月十〜十一日にかけてのことで、標的になったのは2、3、7、8番の四ヶ所であった。
 実はこれらの事件、複雑な背景があって、事実、なにが真相なのかわからない状態なのだ。
 九月一五日ごろから十月にかけて、ニフティの掲示板、いくつかの草の根 BBS、さらにインターネットの Newsnet に、とある告発文書が流された。先のメール暴露事件と掲示板ジャックとが、同じグループによる行為だというのだ。
 それによると、彼らは他人の ID をクラックし、盗用 ID を用いて掲示板を舞台にした愉快犯的行為を重ねたのだという。そして、内部告発が九月十日に掲示されるや、発言を消し去るために掲示板ジャックにおよんだというのだ(注:ニフティの掲示板の発言は他人が削除できないかわりに、512発言後には表示されなくなる)。
 むろん、確認手段がない以上、この告発文書がどこまで信用できるのかはわからない。しかし、クラッキング ID でこのようなことが行われうることは、十分に考えられることだ。

ID の向こうに誰がいる?

 パソコン通信ではつまるところ、ID しか本人を識別できる手段がない。その ID を正規の所有者以外が使用したり、あるいは一人で複数の ID を利用して「一人芝居」を始めると、バトルにしても実体がつかめなくなるのだ。
 たとえば掲示板でのメール暴露事件のなかで、常連を標的とした攻撃とおもわれるようなものもあった。つまり、受け取った「いやらしいメール」を標的の ID 所有者が発信したように偽造し、当人の評判を落とそうというものだ。
 むろん、これは推測の域を出ないし、当事者が反論することも可能だろう。しかし、クラッキング ID を悪用されると、このような情報撹乱が行われる危険性が高いのだ。かつては ID を盗まれると経済的な損失が発生するものと心配されたが、いまでは「発言」による個人の信用失墜のほうが深刻といえるだろう。
 掲示板で事件が続出する一方で、奇妙なメッセージを重ねる ID 者による暴言が、とあるフォーラムでもおこなわれたという。これなどもクラッキング ID によるもの、という見方が多いけれども、ある程度の背景がわからなければ、不毛なバトルに巻き込まれるフォーラム会員も出てくるだろう。なにしろ、クラッキング ID によるサクラや撹乱も実際におこなわれているようだ。
 なにか不可解なメッセージが突然現れたら、その ID の背後に本当の所有者がいるかどうか、一度疑ってみたほうがいいだろう。


Copyright(C) Masayuki ESHITA

内容目次

■ネットワーク・バトル・レポート
  1. 無責任なオーディエンス
  2. 袋叩きの構図
  3. 「善意の問題児」のナルシシズム
  4. 気弱で無口なひとほどが暴言を吐くのか?
  5. 実名主義は「暴言」を抑止するか?
  6. 常連メンバーの「権威」
  7. 相手は「本人」? それとも……
  8. 社会「幻想」と除名
■ネットワークの《物語》を読む
  1. 都市伝説
  2. 小説よりも奇なり
  3. 毒ガス
  4. 教育の「意味」論と「方法」論のギャップ
  5. 反応の物語性
  6. こどもの遊びから文化を眺める
  7. なぜフランスは核実験を再開するのか?
  8. 捕鯨反対への素朴な疑問
  9. 小説の小道具講座
  10. 国際ネットワーク通信の時代
  11. 書籍の再販価格制問題
  12. 漫画の原作はどう作るか?
  13. 夫婦別姓問題
  14. オンラインの世界での百武彗星フィーバー
  15. 蛇使い座の割り込み
  16. 近親相姦はなぜタブーなのか?
  17. カフェの作法
  18. 女の自立
■オピニオン
  1. 異文化交流の舞台
  2. ますます広がる官公庁関係コンテンツの差
  3. どこまで枯れていけるのか

ネットピア

月刊誌、学習研究社/発行
1992年創刊
月刊誌、学習研究社/発行、1992年創刊
パソコン通信関係の雑誌としては古手だが、後にリニューアルされた。
パソコン通信サービス、とりわけNIFTY-Serveが一気に会員数を増やした時期に創刊された。技術解説だけでなく、ネットワークを生活に利用するノウハウの解説にも力を入れた誌面づくりをおこなっていた。パソコン通信の初期ユーザが雑誌制作にかかわり、担当の編集者やライターもパソコン通信利用者が多かった。
1990年代後半に入ると、通信の世界もインターネットが主役となることが明白になってきた。それに伴って誌面の中心もインターネットへと移行した。


関連リンク