ネットワークの《物語》を読む(10)
国際ネットワーク通信の時代

「月刊ネットピア」(学習研究社/発行)1995年12月号掲載
江下雅之

技術的に困難だった海外からの接続

 3年前は「パリから通信している」というだけで、かなり珍しい存在だった。日本から海外のネットワークを利用することは、いまから十年ぐらいまえから徐々におこなわれていたが、当時の先駆的ユーザーは、KDD の VENUS-P を使い、アメリカの『デルファイ』や『ザ・ソース』といったネットワークを利用していたのだ。しかし、その反対は簡単ではなかった。日本語というローマ字圏とはことなる文字コード体系のためだ。
 ぼくは92年の6月からパリに住むようになった。最初はヨーロッパで試験運用をしていた国際データ通信網TYMPASを利用できたため、フランスからニフティに接続すること自体は、それほどむずかしくはなかった。とはいえあくまで試験運用期間だったので、海外でのアクセス・ポイントや接続の方法などは、まだあまりおおやけにはされていなかった。業者にひとつひとつ確認し、それでもわからないところが、いろいろな試行錯誤をしなければならなかった。
 いまはこういう苦労がかなり軽減された。通信回線がおおはばに利用しやすくなり、なかでもコンピュサーブのネットワークが世界中から利用できるようになった。むろん、インターネットの普及も見逃せない。しかし、なによりも国際接続に関するノウハウが蓄積されてきたことが重要だろう。それにおおきな寄与をはたしているのが、ニフティサーブの《コンピュサーブ&国際通信フォーラム》(FCIS)だろう。シスオペは本誌の連載でもおなじみ、すがやみつるさんだ。ここの『海外からのNIFTY-Serveアクセス(Q&A)』会議室が、さまざまな問題に対する情報交換の場になっている。

コンピュサーブとインターネットが接続を容易に

 おおくのひとの心配事は、「そもそも無事に海外から日本に接続できるのだろうか?」というものだ。FCIS で情報を寄せているひとは、アメリカや西ヨーロッパなど、通信事情のいいところからばかりではない。東欧、クウェート、中国、さらにはブラジルはアマゾンからメッセージを寄せたひともいたくらいだ。
 先進国ならたいていの国にはコンピュサーブのアクセス・ポイントがおかれている。これさえあれば、日本の大手ネットワークにはほとんど問題なく接続できる。コンピュサーブがインターネット・サービスを充実させたため、telnet 接続によってニフティサーブはもちろんのこと、PC-VAN や People にも接続できるのだ。ほんの1年前には、コンピュサーブからニフティのライバル・ネットワークにつなげられるなど、考えもおよばなかったものだが。
 コンピュサーブのアクセス・ポイントが使えない場合は、国際VANが頼りの綱だ。TYMPAS、Infonet、SprintNet などが大手であるが、これらのサービスが利用できさえすれば、料金はやや高くなるものの、接続の問題はほとんどない。
 さて、接続料金はどの程度だろうか。
 コンピュサーブを利用する場合、まず月間基本料金が9.95ドル必要だ。この料金内で、月に5時間まで基本的なサービスを利用できる。そのなかには、telnet接続も含まれている。つまり、月間約千円の範囲内で、5時間まで国際接続を自由におこなえるのだ。5時間をこえる分については、一時間あたり2.95ドルだ。一分当たり約5円ということになる。3年前の唯一の選択肢国際VANは70円/分であったから、料金の急激な低下についつい溜息がもれてしまう。

次善の策は国際VAN、それがだめなら……

 その国際VANは、現在ではどこもおおむね35円/分前後のようだ。コンピュサーブのインターネット接続サービスにくらべれば割高だが、回線品質や安定性はTYMPASなどのほうが上だ。それに、国際VANのほうが網羅している国や都市の数がおおい。電話代までのトータルコストで考えれば、仮にコンピュサーブを直接利用できる国であっても、TYMPASなどから接続したほうが安くなる場合がある。
 たとえばイタリアにはミラノとローマにコンピュサーブのアクセス・ポイントが入っている。ところがInfonetはそれ以外の都市まで網羅している。イタリアは市外通話料金が高いため、フィレンツェから日本に接続するときは、地元にアクセス・ポイントのあるInfonet経由のほうが安いという結果になるそうだ。
 さて、国際VANさえも利用できない場合はどうするか。
 地元にインターネット・プロバイダがあれば、技術的な問題を解決すればなんとか接続できるようになるだろう。それがだめなら、最後は国際電話に頼るしかない。
 ただし、国際電話といっても日本にまでかける必要はない。近くの国のコンピュサーブやTYMPASに接続すればいいのだ。実際にヨルダン在住のひとはスイスまで、モロッコ滞在中のひとはフランスまで国際電話で接続し、その先は国際データ回線で接続したということだ。もっとも、中国や韓国あたりなら、日本まで国際電話をしたほうがかえって安くなる場合もあるが。
 ところで、最近はこの国際電話さえも劇的に安くなる方法がある。アメリカやイギリスの業者がさかんにおこなっているコールバック・サービスだ。ぼくもパリで三業者と契約したが、欧日間の国際通話料金が一分当たり約70円程度になる。自分の家以外からも利用できるオプションがあるため、最寄りの国に国際電話してあとはデータ回線を、というようなワンクッション置く方法ではなく、最初からコールバック・サービスで日本につないだほうが安くなるかもしれない。話はどんどんややこしくなる一方だが、いろいろとコストを削る方法だけは間違いなく増えている。


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内容目次

■ネットワーク・バトル・レポート
  1. 無責任なオーディエンス
  2. 袋叩きの構図
  3. 「善意の問題児」のナルシシズム
  4. 気弱で無口なひとほどが暴言を吐くのか?
  5. 実名主義は「暴言」を抑止するか?
  6. 常連メンバーの「権威」
  7. 相手は「本人」? それとも……
  8. 社会「幻想」と除名
■ネットワークの《物語》を読む
  1. 都市伝説
  2. 小説よりも奇なり
  3. 毒ガス
  4. 教育の「意味」論と「方法」論のギャップ
  5. 反応の物語性
  6. こどもの遊びから文化を眺める
  7. なぜフランスは核実験を再開するのか?
  8. 捕鯨反対への素朴な疑問
  9. 小説の小道具講座
  10. 国際ネットワーク通信の時代
  11. 書籍の再販価格制問題
  12. 漫画の原作はどう作るか?
  13. 夫婦別姓問題
  14. オンラインの世界での百武彗星フィーバー
  15. 蛇使い座の割り込み
  16. 近親相姦はなぜタブーなのか?
  17. カフェの作法
  18. 女の自立
■オピニオン
  1. 異文化交流の舞台
  2. ますます広がる官公庁関係コンテンツの差
  3. どこまで枯れていけるのか

ネットピア

月刊誌、学習研究社/発行
1992年創刊
月刊誌、学習研究社/発行、1992年創刊
パソコン通信関係の雑誌としては古手だが、後にリニューアルされた。
パソコン通信サービス、とりわけNIFTY-Serveが一気に会員数を増やした時期に創刊された。技術解説だけでなく、ネットワークを生活に利用するノウハウの解説にも力を入れた誌面づくりをおこなっていた。パソコン通信の初期ユーザが雑誌制作にかかわり、担当の編集者やライターもパソコン通信利用者が多かった。
1990年代後半に入ると、通信の世界もインターネットが主役となることが明白になってきた。それに伴って誌面の中心もインターネットへと移行した。


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