「月刊ネットピア」(学習研究社/発行)1995年11月号掲載
江下雅之
誰でもなんらかの専門家だ。そういうなにがしかの専門家があれこれ話題を出しあうことが、ネットワークの楽しさのひとつといっていいだろう。なにしろ距離に無関係な集まりであるから、それこそ種々雑多なプロや多彩な役者に出会うことができる。
今回ご紹介する会議室は、「その道のプロ」を招いて定期的に講演会をおこなっているところだ。
ニフティサーブの《文章工房フォーラム》は、もともと小説家の水城雄さんが主宰する「小説工房」で有名になったところだ。母体は《本と雑誌フォーラム》であるが、アマチュアを対象にした文章道場が、昨年、ひとつのフォーラムとして独立した。ここに所属する電子会議室のひとつ、「最低(限)の小説道具講座」が、さまざまな講演のおこなわれているところだ。
小説のストーリー自体は創作でも、そこに用いるさまざまな小道具には、きちんとした裏付けのある知識が必要だ。もちろんレポートを書くわけではないから、学術的に詳細な事項までは要求されない。それでも、臨場感をしっかり生み出すための基礎がなければ、話をぶちこわしにしかねない。
ここ数年人気のあるシミュレーション戦記では、とくに厳しいようだ。いわゆる「軍事オタク」といわれるマニアが、このジャンルに属するさまざまな小説の「不備」を指摘する。ニフティでもディフェンス・レビュー・フォーラム(FDR)や、SFフォーラム(FSF)などで、こうした「不備」が話題の肴にされることがおおい。
「最低(限)の小説の小道具講座」の守備範囲はきわめて広い。つい最近おこなわれた内容をひろっても、「不良」「航空機」「ナイフ」「宇宙開発」といった具合だ。
「不良」講座では、まず講師から、時代による不良の変遷が紹介された。昭和20年代の「愚連隊」、30年代の「太陽族」「みゆき族」、40年代の「カミナリ族」や「エレキ族」、50年代の「暴走族」「ヤンキー」、そして現代の「チーマー」「バイカー」等々、といった具合だ(実際はもっとおおくの例が出されていた)。
この間にも、参加者からいろいろな質問が寄せられる。
「不良と非行少年の違いはなにか?」
「風俗的な部分と、普遍的な部分とに分けられるか?」
「不良とエネルギーの関係は?」
こうした質問が、講演の内容をより広く、そして深めていった。
もともと講演者が「不良」のディテールにこだわるようになったのは、いくつかの小説で見かけた表現の不備がきっかけだそうだ。たとえば「長髪をなびかせた暴走族が……」という表現を見て、即座におかしいと感じた。「髪の長い暴走族がいるものか」というわけだ。
このようなこだわりのある講演者であるから、服装、ケンカの形態、暴走族のしきたりなどが、こまかにレポートされている。昭和20年代はハンフリー・ボダード演じるギャングのような『ボールド・ルック』がはやっていた。30年代になると革ジャンにリーゼントの突っ張り、それから間もなく慎太郎カットの太陽族。40年代は長髪が台頭し、アフロまで登場する。そして昭和46年にキャロルが登場し、ポマードべったりのリーゼントヘアーと黒い革ジャン、ブーツという突っ張りが復活、というわけだ。
風俗的な面だけでなく、関連する法律の解説もある。なにをすれば捕まるのか、捕まったあと、どういう処置を受けるのか、鑑別所は全国に何カ所あるのか、といったことだ。別の参加者からも、武闘派不良の対決シーン、不良とスポーツの関係、さまざまな不良語に関する追加情報が提出されていた。
このような進め方で、約二週間に1テーマの割合で講座が開かれる。実際の「本職」の参加も少なくない。たとえば航空機の講座では、実際に海上保安庁で航空機の整備業務に従事している者から、さまざまなアドバイスがあった。燃料の話題になれば、化学の専門家からの指摘があった。リード役はもちろん航空機に関してかなりの知識の持ち主であるが、他のプロから、より詳細な補強がなされるわけだ。
もともとネットワークの議論の特徴は、話が収斂していくよりも、多面的にどんどん発展的な拡散をしていく点にあるという。なんらかの結論を得る必要のある議論には不向きだが、ふくらみを持たせるブレーン・ストーミングには最適という指摘もある。この「最低(限)の小説の小道具講座」は、拡散のよさをもっともうまく利用した内容といっていいだろう。話がどこに向かっても、かならずそれに答えられるひとがいる。こうして出来上がる一連の講座は、第一級の資料に仕上がっているといっていい。
この原稿執筆時点では、宇宙開発講座がはじまったばかりだ。これは約三週間の予定で開催されるが、その先の講演スケジュールもびっしりと埋まっている。「ジャズ」「江戸時代の風俗」「下着」「天文」「裁判」をはじめ、20以上のテーマが予定されている。江戸時代の風俗については、これはプロの時代小説家が担当する。なんとも贅沢な講演会を、黙って読むもしよし、知りたいこと、長らく疑問に思っていたことを、この機会に質問するもよし、さらには自分から講演するもよし。
過去の講演録についても、すべてきちんろデータライブラリに保存されている。
月刊誌、学習研究社/発行
1992年創刊
月刊誌、学習研究社/発行、1992年創刊
パソコン通信関係の雑誌としては古手だが、後にリニューアルされた。
パソコン通信サービス、とりわけNIFTY-Serveが一気に会員数を増やした時期に創刊された。技術解説だけでなく、ネットワークを生活に利用するノウハウの解説にも力を入れた誌面づくりをおこなっていた。パソコン通信の初期ユーザが雑誌制作にかかわり、担当の編集者やライターもパソコン通信利用者が多かった。
1990年代後半に入ると、通信の世界もインターネットが主役となることが明白になってきた。それに伴って誌面の中心もインターネットへと移行した。