「月刊Ellery Queen's Mystery Magazine」(光文社)
1998年7月号pp.068-069掲載
江下雅之
94年11月に、フランスのテレビ局TF1にて「Qu'est-ce que c'est, Otaku?」(オタクとは何ぞや?)というドキュメンタリー番組が放映された。東京晴海でのコミックマーケットの場面が映し出され、参加サークルが演じるコスチューム・プレイ(コスプレ)が次々と登場した。番組の内容は現代日本の社会現象を掘り下げて紹介するというよりも、奇異な現象をあげつらったものだった。しかし、そうした現象は、じつはフランス人のマンガファンたちのあいだにも見られる。
ヨーロッパのなかでも、フランスは比較的マンガが浸透している国である。フランス語ではBande Dessine(B.D)と言うが、大書店ならたいてい専用コーナーがある。ただし、B.Dの内容といえば、セサミストリートのようなキャラクターによる子ども向けのマンガか、大人向けのポルノが中心だ。社会的に認知されているマンガはむしろ雑誌や新聞に載っている一コマの風刺漫画だろう。週刊誌の目次をめくれば、たいていは大統領か首相を風刺したマンガが描かれている。
書店で販売されているマンガ本も、日本のような新書版はほとんどなく(ポルノ漫画はたいていペーパーバックだが)、ハードカバーのきっちりした装丁だ。一見すると絵本のようである。だから大書店のB.Dコーナーに行くと、大人が絵本をむさぼり読んでいるような光景にでくわすことになる。
フレンチ・コミックとして世界的に有名なのは、フェティッシュな描写で人気のある漫画家たちだろう。マナラ、セルピエリといった人たちによる女体の執拗な描写は、日本にも密かなファンがいる。しかし、彼らのマンガは一般書店ではなかなか手に入らない。フランスの漫画家が手がけていない領域には、日本のマンガが入り込んでいる。とくにいまの二十代後半から三十代初頭にかけての世代は、日本製のマンガやテレビ・アニメの洗礼を最も色濃く受けている。
パリ市内にある日本書店ジュンク堂の地下は、全フロアがマンガ売場になっている。置いてあるのは日本から空輸した新書版コミックだが、客は日本人だけではない。学校が休みの土曜ともなると、フランス人の子どもたちがひしめいている。置いてある本はすべて日本語版だが、マンガを読みたいがために日本語の勉強をする者さえいるのだ。一冊60フラン、約1300円もする本を、彼らはとことん吟味して選ぶ。アニメで見たマンガの原作を読もうとするのである。
ジュンク堂以外にも、パリのバスティーユ広場近辺に、日本マンガを取り扱う専門店が三軒ある。ソルボンヌ大学の近くには、日本のマンガ同人誌を扱う書店が五軒ある。一時期に比べれば店の数は減ったとはいえ、老舗トンカムには週末ともなるとフランス人の「おたく」が殺到する。エリート学校にも日本マンガのサークルがあり、学校のパーティではセーラームーンの姿にコスプレした学生が登場したりもする。
日本のアニメがフランスに上陸したのは、70年代後半のことだった。永井豪・原作の『UFOロボ・グレンダイザー』(フランス版タイトルは「Goldorak」)は、子どもたちの熱狂的な支持を得た。これが第一次ブームである。その後、高橋留美子の『めぞん一刻』『うる星やつら』『らんま1/2』、高橋陽一の『キャプテン翼』、あだち充の『タッチ』、いがらしゆみこの『キャンディ・キャンディ』、北条司の『キャッツ・アイ』、原哲夫の『北斗の拳』、鳥山明の『ドラゴン・ボール』、武内直子の『美少女戦士セーラームーン』などが放映された。ちなみに『めぞん一刻』は「Juliette, Je t'aime.」という題名で放映されたが、ジュリエットというのは主人公・音無響子さんのことである。このマンガでは、登場人物の名前はすべてフランス風にアレンジされていた。
テレビ局TF1では毎週水曜と土曜の朝九時より、三十分ものの日本アニメを四本続けて放映していた。第二次ブームの立役者『ドラゴン・ボール』は爆発的な人気を呼び、記録的な視聴率を残した。フランスのテレビ関係者にしてみれば、苦労してオリジナルのアニメを制作するよりも、優れた日本製アニメ――Japanimationを放映したほうが、手っ取り早く視聴率を稼げたのである。
しかし、フランスでもおきまりのマンガ批判が起きる。すでに「Goldorak」のときから「暴力的」という糾弾があった。その後、番組の是非を評議する組織が暴力的作品に罰金を科す制度を導入してから、テレビ局の方もアニメ放映を打ち切るようになる。TF1でも97年に『ドラゴン・ボールZ』の終了とともに、日本製アニメの放映をやめてしまった。ほんの一年前にはあれほど多数のJapanimationが放映されていたのに、いまではほとんど観られなくなってしまったのだ。
それでも、熱狂的なファンたちは、インターネットを通じて情報収集や情報交換をおこなっている。日本で大ブームとなった『エヴァンゲリオン』は、翻訳版がないにもかかわらず、日本語版がひそかな人気を呼んだものだ。そして今年の秋、あのディズニーがヒットアニメ『もののけ姫』をフランスで配給するという。はたしてこれが、過去二回のJapanimationブームを再現することになるか。
図版:熱狂的に受け入れられた日本のマンガの数々。これら日本語版のマンガを、フランス人のアニメファンはこぞって買い求めた。
隔月誌、光文社/発行
1978年創刊
翻訳ミステリーの著名な雑誌だが、1999年で休刊となった。
なお、もともとEQMMは1956年に早川書房より創刊された。これは米国の《Ellery Queen`s Mystery Magazine(EQMM)》誌の日本語版である。巻頭には江戸川乱歩の翻訳による「魔の森の家」(カーター・ディクソン作)が掲載されている。この雑誌は1966年に《ハヤカワ ミステリーマガジン》と改称され、1977年にはEQMM誌との特約契約も解消された。
早川書房がEQMMとの特約を解消したすぐ後に光文社のEQMMが創刊された。創刊号の巻頭には、エラリー・クイーン自身のメッセージ(の日本語訳)が掲載されている。長らく、本国版EQMMの翻訳を独占的に担ってきたが、翻訳権交渉の更新がまとまらず、1999年に休刊となった。