「月刊Ellery Queen's Mystery Magazine」(光文社)
1999年1月号pp.068-069掲載
江下雅之
「火事と喧嘩」が江戸の華なら、パリの華は「デモとスト」、旬の季節は年度始まりの十月である。
その時期のデモの主役は、例年なら大学のあまりに貧弱な設備を嘆く新入学生だが、今年は高校生の元気がいい。元気がいい、と言っては真剣にアピールせんとする彼らに申し訳ないが、全国各地で数千人規模のデモを頻発させるパワーを見ると、そう表現したくなってしまう。パリでは三万人以上の高校生が集まり、一部が暴徒と化したことは、日本でも報道されたと思う。
そしてもう一グループ、同性愛者およびその支援団体が、九八年十月は各地で熱心なアピールを展開した。Pacte civil de solidarite(略称PACS:連帯同居人契約)という制度を支持するためである。これが成立すれば、結婚、同棲に続く第三の同居人制度が誕生する。
PACSとは、結婚ほど当事者の義務が厳しくないかわりに、相続や居住に関する権利の一部が制限されている。同棲(union libre)に比べればはるかに結婚に近い。結婚との相違点は、同性カップルも対象になっていることに尽きるといってもいい。だからこそ、同性愛者やその支援グループが支持しているのである。
フランス社会では、結婚前に同棲期間を経るのがごく一般的である。F1レーサーのジャン・アレジと後藤久美子の「婚約」にしても、フランスのこうした事情を知っている人なら、「同棲の開始」と解釈したはずだ。子どもが生まれても同棲(日本風に言えば事実婚)を続けるカップルもいれば、ある時点で「結婚mariage」に切り替える人もいる。法的には「同棲」であっても控除や相続などで部分的な権利は認められているが、「結婚」となれば、公的な便宜がさらに大きくなるからである。
法概念的には、「結婚」とは二者間の「契約」である。フランスで公的な意味での「結婚」とは、市の立会のもとでカップルが結婚契約書に署名することである。結婚契約書を交わしていない同居カップルには、必要に応じて同居証明書が発行され、「同棲」者としての公的便宜を享受できる。そしてこの同居証明書が、昨年から同性カップルにも発行されるようになった。
主な受益者が同性愛カップルであるとはいえ、PACSとは個人間のあらたな契約関係をオオヤケに設けることである。「フランス政府、ついに同性愛を公認か?」と言っても意味はない。セックスは個人の好みであって、国が関与する問題ではない。公的な権利をどういう契約形式のカップルに認めるかが争点なのだ。
PACSは議会で多数派を占める社会党の発案によるものなので、審議に諮られた十月九日の国民議会(日本の衆議院に相当)ですんなりと成立するかに思われていた。ところが当日、社会党議員の欠席が多く、法案は修正を余儀なくされる。その後、どういう修正内容でいつ成立するか、情勢は一気に不透明になった。
そもそもなぜこのような制度が提案されるようになったのか。
PACSが同性愛カップルの権利を認める側面を持つのは確かだが、そういう意図を最初から持っていたわけではない。結果としてそうなったのである。根底にある発想は家族の枠組みの変容であり、その実態を追認するか、それとも伝統的な枠組みのみを正統なものと捉えるかの違いがある。
一般に家族という概念を構成する要因には、血縁関係、同居関係、扶養関係などがあり、従来は各要因がおおむね重なり合っていた。ところが結婚率の低下、離婚率の増加、同棲カップルから生まれた子どもの増加などにより、各要因が乖離するようになったのである。
子どものいる夫婦が離婚し、元夫・元妻がおなじく子どものいるバツイチ男女と結婚し、あらたに子どもが生まれたとする。こうした状況で、各人はどこからどこまでを家族と認識するのだろうか。
血縁関係や扶養関係の錯綜が激しくなったことで、フランス社会は同居関係を重視するようになる。同居関係となれば、ヘテロである必然性はない。離婚した元夫が子どもを連れて男性と同棲し、父・母・子どもという役割関係を持った共同生活を送る例もある。もちろん数は多くないが、週刊誌が「ボクのパパがママになった」という特集記事を組むぐらいは存在する。ゲイ、レズビアンの各カップルが共同生活を送り、人工受精で子どもをもうける例もある。ヘテロを前提条件としない「結婚」制度が登場する背景には、こうしたさまざまな流れが重なっているのだ。
家族の枠組みが歴史的に変化してきたことは、フィリップ・アリエスなどの社会史研究者が実証している。今日のフランスで「伝統的」と考えられている家族の枠組み――ヘテロのカップルがいて子どもを持ち、各人が継続的に同居する、というもの――は、実際には近世になって成立したものである。中世の庶民階級では、子どもは七歳ぐらいから大人集団のなかで生活するようになり、家族とは、財産と名前を伝える機能を果たす程度のものであったという。
日本でも最近は家族制度の崩壊を主張する評論家は多いが、こちらも江戸時代と明治以降とでは、家族のあり方はまったく異なっていたという研究がある。現在、離婚率の増加などはフランスと同様だが、はたして日本でも家族イコール同居人という認識に変わっていくのか、それとも別の枠組みを探るのだろうか。
図版:PACS支持をアピールする同性愛者組織のホームページ
隔月誌、光文社/発行
1978年創刊
翻訳ミステリーの著名な雑誌だが、1999年で休刊となった。
なお、もともとEQMMは1956年に早川書房より創刊された。これは米国の《Ellery Queen`s Mystery Magazine(EQMM)》誌の日本語版である。巻頭には江戸川乱歩の翻訳による「魔の森の家」(カーター・ディクソン作)が掲載されている。この雑誌は1966年に《ハヤカワ ミステリーマガジン》と改称され、1977年にはEQMM誌との特約契約も解消された。
早川書房がEQMMとの特約を解消したすぐ後に光文社のEQMMが創刊された。創刊号の巻頭には、エラリー・クイーン自身のメッセージ(の日本語訳)が掲載されている。長らく、本国版EQMMの翻訳を独占的に担ってきたが、翻訳権交渉の更新がまとまらず、1999年に休刊となった。