「月刊Online Today Japan」(ニフティ発行)1994年12月号掲載
江下雅之
天皇・皇后両陛下のフランス公式訪問は、地元でもかなりの関心をもって迎えられていた。国営放送 France 2 は夕方のトップ・ニュースで取り上げ、夜の報道特集では特別コーナーまで設けた。
番組では元NHKの磯村さんがゲストに招かれていた。となりの国の王室スキャンダルがしじゅう流れてくることもあって、イギリスとの違いなどが質問されていた。
例のクレッソン元首相の蟻発言いらい、フランス人の対日感情はけっしてよくないと思われがちだ。通商問題ではかつてポワチエ騒動――ビデオデッキの実質的な輸入制限――があったし、大手自動車メーカー・プジョーのカルベ会長は、ヨーロッパ随一のジャパン・バッシャーとして知られている。
たしかに観光客の数では、フランスを訪れる日本人のほうが圧倒的に多い。関心という点では日本人の片思いという雰囲気もあるが、けっしてそうでもないのだ。
むろん、愛憎入り交じった日米関係に比べれば、日欧はささやかな間柄かもしれない。それでも、日本に積極的な関心を寄せているひとの数は、イギリスやドイツよりも多いのではないか、という気がする。
よく知られているように、フランスは日本以外でもっとも柔道のさかんな国だ。「judo」ということばはそのまま定着している。いまのところ、アカデミー・フランセーズが排除する気配もない。この機関は「digital」「network」などの英単語駆逐で有名を馳せたものだが。
日本語を第一外国語として履修可能なリセ(日本の高校に相当)が複数ある。ちなみにそのうちの一校には、今回、両陛下が訪問された。
毎週水曜・土曜の午前中は、TF1というチャンネルで連続4本、日本のアニメが放映される。「ドラゴン・ボール」などは、60パーセント以上の視聴率に達したこともあるという。日本書店JUNKUの漫画売場は、むしろフランス人少年の姿が目立つ。
もっとも、アニメや漫画のタイトルや人物名は、フランス風にアレンジされている。去年まで放映されていた高橋留美子作「めぞん一刻」は、「Juliette, je t'aime.」というタイトルになっていた。
小津・溝口映画は映画好きのフランス人にも絶大な支持を得ている。カンヌ映画祭を受賞した「楢山節考」は、いまでも繰り返し上映されている。
ガットのウルグアイ・ラウンドでは、フランスも補助金をめぐってアメリカと鋭く対立した。このときのマスコミ論調などは、日本に対し「敵の敵は味方」という感覚さえ抱いたようでもあった。
フランス語で「日本」は「Japon:ジャポン」であるが、新聞や雑誌などでは「Nippon」もよく使われる。「日本化」にはなぜか「tatamisation」を使うフランス人もいるようだが。
「日、出ずる国」もかなり用いられている。国営放送 France 2 が明仁天皇を紹介するとき、l'empereur du pays du Soleil Levant――直訳すれば、《日、出ずる国の天子》――という表現もあった。
天皇・皇后ご夫妻は、パリ市民たちからも盛大な歓迎を受けていた。パリっ子にしてみれば、百代以上もの歴史を持つ皇室の存在そのものに、大きな興味があるのだろう。なにしろお隣りイギリスからは、王室存亡のピンチを伝える報道が多い。
ところで、パリで両陛下をもっとも熱狂的に迎えたのは、じつは日本人観光客だったといわれている。この様子は、France 2 の衛星中継を通じて日本にも報道されたため、ご存じのかたも多いかもしれない。
パレードを迎える群衆の先頭に陣取り、片手に小旗、片手にカメラという姿が目立った。テレビのインタビューに答えて曰く、「こんなに近くからなんてはじめて!」
月刊誌、ニフティ/発行、1987年創刊
ニフティ社の広報誌として創刊されたが、後に数回リニューアルを行い、この誌名の雑誌は現在存在しない。
有料の月刊誌であったが、NIFTY-Serve会員には無料で送付されていたので、ピーク時の発行部数は100万部を越えていたはず。ページ数は少なかったが、すがやみつる、武井一巳といった、この分野の先駆者による連載が創刊当初から掲載されており、記事はかなり充実していた。
その後、全会員への発送をやめて部数が落ち、リニューアルによってNIFTY-Serveのナビゲーション誌への転身をはかった。また、通信ネットワークの主役がパソコン通信からインターネットへ移行したのにともない、さらにインターネットを中心とした誌面に衣替えしている。