「月刊Online Today Japan」(ニフティ発行)1995年6月号掲載
江下雅之
連日、日本のニュースばかり続いた。
普段はニュース専用 FM 局が、為替相場や東京株式市場の日経平均を伝えるぐらいのものだ。3月20日は、ほぼ一日中、東京発のニュースが続いた。テレビでも報道特集が組まれたくらいだ。
阪神大震災のときも、災害の規模が規模だっただけに、大々的な報道がおこなわれた。翌日の新聞はすべて一面トップだったし、地球物理学の専門家を招いて、かなり詳しい解説までおこなわれた。
今回の毒ガス事件は、それ以上の扱いであった。ほぼ二週間以上にわたって、東京特派員報告もまじえた報道が続いた。
フランスはもともと政治亡命者を積極的に受け入れてきた。イランのホメイニ師もかつてはフランスに滞在していた。そうした亡命者のかなりの数が、パリ市内に住んでいる。ことテロに関しては、東京よりも危ない状況にあるはずなのだ。
パリ市内にはメトロ(地下鉄)が13本も走っている。東京以上の密集状態だ。ラッシュアワーにはかなり混雑する。路線によってはぎゅうぎゅう詰めになることもめずらしくない。
ヨーロッパの駅ではアナウンスがない、というのも間違いだ。パリ市内のおもなターミナル駅では、朝と夕方のピーク時には、駅員がおなじような注意を繰り返しうながしている。
毒ガス事件のニュースが流れた日、パリ交通公団も警戒体制にはいったらしい。地震と違って、テロはどこでもおこりうる。おおくの国際機関が集中するパリならば、標的にされてもなんら不思議はない。しかも、改札は無人化されているところがおおいため、不審者の水際チェックなどできないにひとしい。
フランス人の友人から、電話やら電子メールをいくつかもらった。阪神大震災のときもそうだったが、知人に犠牲者がいなかったかどうか、という見舞だ。
今回の場合は、「メトロに乗るのが怖くなった」というコメントがおおかった。実際、外国語フォーラムと提携している CalvaCom にも、「なるべくバスを利用するようにした」という発言があった。
使用された毒ガスがナチの開発したものらしい、という点も、フランス人の関心をひいたらしい。
ヨーロッパでは、ネオナチに対する警戒が強まっている。何週間か前にも、近くの大学生協本部の前で、「ネオナチは大学から出ていけ!」というプラカードをかかげたデモがあった。
世論調査によれば、フランス人が最も信頼する国はドイツだという。それでもなお、第二次大戦でパリを占領したナチに対しては、激しい反発が残っている。つい昨年にも親ナチ政権参加者に対する戦犯裁判がおこなわれたくらいだ。
昨年の革命記念日軍事パレードでは、フランス軍にまじってドイツ兵士が行進に加わった。ヨーロッパ統合の意志表示ということではあったが、年配者を中心に、かなりの反対があったのも事実だ。
日本の中学や高校の制服に対し、平均的フランス人はあまりいい感情を抱いていない。デザインが趣味にあわないということではなく、制服そのものを強制することが、ナチズムを想起させるからだという。パリ市民にとって毒ガス事件はあらたな都市型テロの恐怖を覚えただけでなく、ふたたびナチの亡霊を認識させられたのだ。
これだけの災害や事件が続くと、さすがに「日本のカントリー・リスクを見直すべきでないか」という意見が出始めている。毒ガス事件報道でも、「いま日本に行っても安全か?」というような問いかけがしきりとなされていた。たしかに数字のうえではまだ、東京のほうがパリよりも安全ではあるのだが……。
月刊誌、ニフティ/発行、1987年創刊
ニフティ社の広報誌として創刊されたが、後に数回リニューアルを行い、この誌名の雑誌は現在存在しない。
有料の月刊誌であったが、NIFTY-Serve会員には無料で送付されていたので、ピーク時の発行部数は100万部を越えていたはず。ページ数は少なかったが、すがやみつる、武井一巳といった、この分野の先駆者による連載が創刊当初から掲載されており、記事はかなり充実していた。
その後、全会員への発送をやめて部数が落ち、リニューアルによってNIFTY-Serveのナビゲーション誌への転身をはかった。また、通信ネットワークの主役がパソコン通信からインターネットへ移行したのにともない、さらにインターネットを中心とした誌面に衣替えしている。