「月刊Online Today Japan」(ニフティ発行)1995年8月号掲載
江下雅之
フランスは今年、7年に一度の大統領選挙があった。すでにご存じのとおり、ジャック・シラク氏が当選した。
フランス大統領選挙は、国民の直接投票でおこなわれる。第一回投票で過半数を得る候補がいなければ、上位二候補のあいだで、二週間後に決選投票がおこなわれる。
国民から絶大な支持を受けていたミッテラン氏でも、前回選挙の第一回投票では30数パーセントを得たにすぎない。事実上、まずは候補者が絞られ、一騎打ちがおこなわれるパターンになっている。
今回はシラク氏のほかに、おなじ保守陣営のバラデュール首相(当時)、社会党のジョスパン元教育相が有力候補と見なされていた。直前の世論調査では、シラク候補が優位を確保していた。ただし、フランスでは投票前一週間から、支持率世論調査結果の発表を禁止している。もっとも、今年はインターネット経由で、スイスから直前まで情報が流れたそうだが。
選挙スタイルは日本とまったく異なる。けたたましい街頭宣伝カーが、こちらでは存在しない。ポスターも限られているので、この時期おとずれた旅行者は、選挙自体に気づかなかったことだろう。
そのかわり、ネットワーク通信はかなり利用されている。各候補の演説はミニテルで検索できる。CalvaCom のサーバーには、ジョスパン候補のホームページも設けられていた。
日本人には圧倒的にシラク氏の知名度が高かった。17年間市長をつとめたパリ市が、京都および東京と姉妹都市の関係にある。シラク氏自身、すでに40回以上の来日経験がある。
フランス語学習者にとって、シラク氏の演説はちょうどいい教材だ。
フランスでは政治家の条件として、演説の巧みさが要求されている。蟻発言で物議をかもしたクレッソン元首相は短命政権で終わったが、それは失言癖でなく演説が下手なためだったともいわれている。
政治家によって、いろいろな特徴がある。ミッテラン前大統領は、ややかすれ気味の声で、文学的・哲学的な内容の演説をおこなう。そのため、聞き取りの練習にはやや難解すぎるといわれている。
その点、シラク新大統領は、緩急のついたイントネーション、よく通る声、そして明確な内容と、フランス語の中・上級者には手頃な聞き取り材料となっている。
外国語フォーラム・フランス語会議室では、衛星放送で中継されるフランス国営放送の番組を紹介するコーナーがある。選挙戦のさなかは、いろいろなメンバーが各候補の演説を聞き取り、会議室にポストしていた。お互いに疑問点などを指摘しあっていたのだが、それでも理解できない箇所がいくつかあった。
ちょうどそのころ、通訳として日本に住むフランス人女性が加わってくれた。そのおかげで、疑問箇所が実は候補者のいい間違いであることがわかった。シラク氏のクセとか、ジョスパン氏の緊張による間違いだというわけだ。
シラク新大統領は、首相にジュペ前外相を指名した。まだ40代のこのジュペ新首相は、早くからポスト・シラクNo.1といわれていた。
このジュペ氏の演説がまた巧みだ。早口ではあるが、はっきりとした聞き取りやすい声、そして明快な論旨と、フランス語学習でもシラク氏の後継者となりつつある。
フランス人が政治談義好きということもあるのだが、テレビでは大統領や首相を招いたインタビュー番組がさかんだ。そのときも、シラク氏やジュペ氏は、朗々としたよどみない演説を披露してくれる。
そういえば、日本の政治家の演説を、日本語学習の題材に用いているという話しをまだ聞いたことがない……。
月刊誌、ニフティ/発行、1987年創刊
ニフティ社の広報誌として創刊されたが、後に数回リニューアルを行い、この誌名の雑誌は現在存在しない。
有料の月刊誌であったが、NIFTY-Serve会員には無料で送付されていたので、ピーク時の発行部数は100万部を越えていたはず。ページ数は少なかったが、すがやみつる、武井一巳といった、この分野の先駆者による連載が創刊当初から掲載されており、記事はかなり充実していた。
その後、全会員への発送をやめて部数が落ち、リニューアルによってNIFTY-Serveのナビゲーション誌への転身をはかった。また、通信ネットワークの主役がパソコン通信からインターネットへ移行したのにともない、さらにインターネットを中心とした誌面に衣替えしている。